孫子が「理想」とした戦い方とは

次に作戦篇である。孫子は、戦争のコストについて容赦がない。「兵久しくして国利あるは未だ之れ有らざるなり」。戦争は長引けば必ず国家を疲弊させ、勝ったとしても利益は残らない。孫子にとって、長期戦は失敗の兆候であり、占領は最も割に合わない選択だった。

中国が軍事占領を避ける理由は、ここにある。占領は、治安維持のための人的・財政的コストを生み、必ずナショナリズムの反発を招く。米国が中東で経験した通り、「勝った後に始まる統治」は、しばしば戦争そのものより高くつく。中国は、この道を意図的に避けている。土地を取らない。政権を倒さない。国境を塗り替えない。その代わりに、機能だけを取る。港湾の運営権、通信の帯域、電力の制御、決済システム。国家が回るために不可欠な機能だけを押さえる。

この方法の巧妙さは、統治コストが中国側にほとんど発生しない点にある。行政、治安、社会保障といった厄介な責任は、すべて現地政府が引き受ける。中国が得るのは、安定した収益、データ、そして影響力だ。これは、孫子が理想とした「勝っても疲弊しない戦争」、すなわちコストを外部化した勝利に他ならない。

上海の南京路の夜景
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謀攻篇と作戦篇を合わせて読むと、中国の戦略の輪郭がはっきりする。第一に、戦争を起こさず、対立を選ばせない。第二に、占領という高コストな手段を避け、機能支配によって同等以上の効果を得る。この二つが噛み合ったとき、米国が関税や制裁という「鞭」を振るえば振るうほど、政治の真空は広がり、その空白に中国のOSが自然に流れ込む構図が完成する。

重要なのは、ここまでの段階では、まだ「見える対立」がほとんど生じていない点だ。軍事衝突もなく、革命も起きない。それでも、選択肢は静かに減っていく。この不可視の変化こそが、孫子が最も重視した戦い方であり、中国が最も得意とする領域なのである。