第2章:孫子の兵法で読み解く(I)――謀攻篇・作戦篇

なぜ中国は「戦わずして勝とうとしている」のか、そして「占領しない」のか。

第1章で描いた、中国による社会OS・資源OSの静かな浸透は、思いつきや場当たり的な投資戦略の結果ではない。その背後には、2500年前に書かれた古典、孫子の中核思想が、驚くほど忠実に実装されている。とりわけ重要なのが、謀攻篇と作戦篇である。ここには、中国がなぜ軍事力を前面に出さず、なぜ占領という手段を避けるのか、その合理性がすべて書かれている。

孫子の兵法書(カリフォルニア大学リバーサイド校所蔵)
孫子の兵法書(カリフォルニア大学リバーサイド校所蔵)(写真=vlasta2, bluefootedbooby on flickr.com/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

孫子は、勝利のあり方に明確な序列をつけた。「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」。ここで言う「戦わずして勝つ」とは、敵を撃破しないことではない。敵が戦おうとする前提そのものを失わせることである。相手が武器を取る理由を失い、対立を選ぶ動機が消えた状態こそが、孫子にとっての最高の勝利だった。

中国がグローバルサウスで進めている社会OS戦略は、まさにこの「不戦勝」を現代に翻訳したものだ。ミサイルを向ける代わりにEVバスを走らせ、基地を置く代わりに電力網を整え、条約で縛る代わりに決済と通信を提供する。国民の生活が便利になり、その利便性が日常として定着した瞬間、その国の政権にとって「中国と対立する」という選択肢は、急速に現実味を失っていく。反発すれば生活が悪化することを、国民自身が理解してしまうからだ。恐怖で従わせる必要すらない。戦う意思が自然に消える。これが、現代における「戦わずして勝つ」という状態である。

謀攻篇が示すのは、戦場で勝つ前に、戦争の意味を消せという思想だ。中国は、相手国の主権を形式的には尊重する。国旗も掲げないし、憲法も変えさせない。しかし、生活を支える前提条件を握ることで、政治的対立という選択肢そのものを空洞化させる。これは、武力による服従よりも、はるかに安定した支配形態である。