ミラノ・コルティナオリンピックが2月22日(日本時間23日未明)に閉幕した。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「本大会の閉会式は単なる祭典の終幕ではない。ダンテ『神曲』の三部構造を骨格とした、現代文明への問いかけだった」という――。
2026年冬季オリンピック閉会式(イタリア・ヴェローナ、2026年2月22日)
写真=LaPresse/ABACA/共同通信イメージズ
2026年ミラノ・コルティナオリンピックの閉会式(イタリア・ヴェローナ、2026年2月22日)

イントロ:五輪閉会式が示した「メタファー」

2026年2月22日、ヴェローナ・アリーナで行われたミラノ・コルティナ冬季オリンピック閉会式は、単なる大会の終幕ではなかった。それはイタリアの精神史を象徴するとともにイタリア語・イタリア文化の象徴として制度化されているダンテ『神曲』を深層構造に据えた、文明的ステートメントであった。閉会式は、地獄(Inferno)→煉獄(Purgatorio)→天国(Paradiso)という三部構造を明確に内包し、競争の祭典を「人類の魂の旅」として再定義する壮大なメタファーとして構成されていたのである。

閉会式の総括コンセプトは「Beauty in Action(美の躍動)」であった。極限状態において露わになる身体の動き、その緊張と解放の瞬間に宿る美を、芸術・文化・精神の次元と統合するという構想である。しかしそれは単なる身体賛歌ではない。ヴェローナ・アリーナという、かつて剣闘士が血を流した円形闘技場を舞台に、透明な衣装の歌手が『地獄篇』最終行「そして私たちは星々を再び見るために外へ出た」を歌い上げるとき、そこには明確な物語的意図があった。地獄から星へという構図は偶然ではなく、分断と苦難を通過した世界が、なお上昇可能であるという宣言であった。

「地獄」から「煉獄」、そして「天国」へ

本大会は“パンデミック地獄”を終えた一方、戦争、地政学的対立という“暗い森”の最中に開催されたオリンピックである。ダンテが地獄から煉獄を経て天国へ至る精神の上昇を描いたように、閉会式は競争の極限を経た後の再生を象徴的に表現した。

舞台中央に登場した“山”のモニュメントはアルプスの象徴であると同時に、煉獄の山そのものであり、アクロバティックなダンサーたちはその斜面を登る魂のように舞った。クラシック・バレエのロベルト・ボッレとハウスダンスの若い身体が対峙し、やがて融合する構図は、伝統と現代、高尚と大衆、静と動の対立を超えた昇華を示していた。それは煉獄的プロセス、すなわち苦しみを通じた統合の象徴である。

舞台デザインにおける「水の滴」というモチーフもまた、単なる自然美の演出ではない。水は氷となり雪となって競技を支え、山から海へ循環する生命の象徴であり、分断されたものを再びつなぐ媒介である。木材を基調とした舞台構成、LED照明との融合、歴史的建築と最新技術の共存は、持続可能性という技術的主張を超え、文化が再生産され続けるという思想を可視化していた。ここにあるのは、過去を否定する未来ではなく、歴史を踏まえた上昇の物語である。