現代文明に対する「深い問いかけ」

ダンテが『神曲』をラテン語ではなくイタリア語で書いたことは、文化の民主化であり、人間中心の思想の表明であったとされている。今回の閉会式が掲げたヒューマン・セントリック(人間中心)という概念は、この精神と響き合う。競争は機械的な効率の論理ではなく、人間の身体と意志が織りなす物語として再解釈される。オリンピックは競争の祭典であるが、閉会式は和解と統合の儀式であり、地獄を経た後の煉獄的努力と、その先の調和を示す場であった。

ドメニコ・ディ・ミケリーノによる絵画「ダンテ、『神曲』の詩人」
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そしてダンテは最後にこう締めくくる。「愛が太陽と他の星々を動かす」。閉会式が示したのは、勝利の力ではなく統合の原理である。競争は破壊ではなく浄化へ、分断は孤立ではなく共鳴へと転換され得るという思想がそこにはあった。

この閉会式は単なる文化演出ではない。それは現代文明への問いである。AIが社会を再構成し、技術覇権争いが激化し、ポピュリズムが社会を分断する時代において、私たちはなお「星々を見る」ことができるのか。地獄を直視し、煉獄を通過し、それでも上昇し続ける意志を持ち得るのか。

本稿では、このオリンピックをメタファーとして、地獄・煉獄・天国という三段構造を手がかりに、現代社会と国際政治の構造を読み解き、競争の後に残る再生の可能性を探っていく。

【ダンテ「神曲」のあらすじ】

地獄篇(Inferno)
人生の半ばで道に迷ったダンテが、地獄へと導かれ、人間の罪とその帰結を目撃する物語。
罪は各層に分けられ、欲望・暴力・裏切りへと下層に行くほど重くなる。
最後は氷に閉ざされた裏切り者の最深部を抜け、「再び星を見るために」地上へ向かう。

煉獄篇(Purgatorio)
地獄を抜けたダンテは、魂が浄化される“煉獄の山”を登る。
傲慢・嫉妬・怒りなど七つの罪を順に浄めながら、上へ上へと進む上昇の物語。
苦しみは罰ではなく、魂を軽くし天へ向かうための浄化の過程である。

天国篇(Paradiso)
浄化を終えたダンテは天界を巡り、宇宙の秩序と神の光を体験する。
天は階層ごとに徳や知恵を象徴し、すべては調和の構造に包まれている。
最後に「愛が太陽と他の星を動かす」という宇宙原理に到達する。