東大に落ちて「国語が苦手」とはじめて気づいた
私は普段、国語に特化した個別指導を行っていて、親御さんに「子供の国語の成績を上げるのが難しい」とよく相談を受けます。
わかる。とてもよくわかります。僕自身、1回目の東大受験(2次試験)で国語が120点満点中45点しか取れず落ちてしまったからです。60点は必要といわれるなか45点ですから明らかに致命傷でした。
結果としては、合格最低点にあと12点届いていませんでした。しかも私は、ずっと国語が苦手ということを自覚せずにいて、むしろ得意だと思っていました。
案外私のような受験生は、少なくないのではないでしょうか。
振り返って気づいたことがありました。他の科目だと、模試や試験で回答を間違えたとき、後日、その答えや解説を見れば、なぜそれを間違えたのかわかりますよね。例えば、世界史で答えられなければ覚えていなかったり間違えて覚えていたりしていた、数学だと計算ミスをしていた、など大体は理由がわかるはずです。
それに対して、国語は解答を見てもわからなかった。教えてくれる先生がいないので、答えを見てもなぜそれが正解なのかわからないから、放っておいてしまったのです。
勉強の代わりにやったこと
国語は、私のように“じんわり”つまずく教科だと思います。明確に「何かができないから解けない」というものではなく、気づかないうちに、点数を取れなくなっているのが国語です。
東大が不合格とわかったときは、もちろん落ち込みました。といっても1時間半ぐらいで「落ちたものは仕方ない。来年もう一度受けるしかないんだから、落ち込んでいても意味がない」と回復しましたが。
では回復した私が何をやったのか。勉強? いいえ、勉強は一切やめて、3月から4カ月間は読書だけに没頭しました。1回目の受験では効率良く勉強したくて東大の過去問をやり込んでいましたが、この期間は過去問すら見ていません。
読書に振り切る作戦に出た、きっかけは父の言葉です。とりあえず基本問題からやり直すか、と思っていたら「勉強をやめろ。そのままだと浪人しても1年後、また運で勝負することになるぞ」と言われたのです。
わが家では昔から家族で問題を解くことが多く、父はぼくの頭の使い方をかなり理解していたのでしょう。当時の私は、読む力も考える力も書く力もなく、貧弱で装備のない自転車でカーレースに出場したようなものでした。


