世界の混沌は「再構築への道」

社会の次元では、分断と疲労が顕著である。SNSによる意見の二極化、世代間格差、移民問題、アイデンティティ政治。共通の物語を持てない社会は、ダンテが暗い森で迷った状態と重なる。だが閉会式が示したように、対立する身体が同じ上昇軸を共有する瞬間が存在するならば、社会は煉獄へと移行し得る。煉獄とは苦しみを伴うが、方向を持つ空間である。分断は否定されるのではなく、対話と再定義を通じて統合へ向かう契機となる。

そしてテクノロジーの次元である。AI、量子計算、バイオテクノロジー、宇宙開発。技術はかつてない速度で進化し、人間の能力を拡張する一方で、倫理と統治の課題を突きつける。AIは労働市場を再構成し、戦争の形態を変え、情報空間を塗り替えている。これは新たな地獄を生む可能性もあるが、煉獄的プロセスを経れば天国的共鳴をもたらし得る。閉会式が伝統的建築と最新LED技術を融合させたように、テクノロジーは過去を破壊するのではなく、文化と接続することで再生の装置となる。

ダンテの物語において、地獄は否定されない。そこを通過することが必要である。同様に、現在の政治・経済・社会・テクノロジーの混沌も、単なる衰退ではなく、煉獄的再構築への前段階と捉えることができる。煉獄とは努力と痛みを伴う上昇であり、制度の再設計、国際協調の再構築、持続可能な経済モデルの構築、倫理的テクノロジー統治の確立がその内容である。ここでは競争は否定されないが、方向が共有される。国家間競争はルール形成競争へ、企業間競争はイノベーションの質を問う競争へと再定義される。

人類はなお「上昇の物語」を描ける

そして天国的段階とは何か。それは対立の消滅ではなく、共鳴の形成である。脱炭素技術の国際連携、AI倫理の共通枠組み、貿易と安全保障のバランスをとる新たな制度設計。経済は分断を経ても再び相互依存を構築し、社会は多様性を包摂し、政治は競争と協調を両立させる。『神曲』の最終行が示す「愛が太陽と他の星々を動かす」という原理は、現代においては共通利益と相互信頼の原理と読み替えられる。

閉会式は、地獄的現実を否認せず、それでも上昇の可能性を提示した。グローバルPESTの各要素は混沌を孕むが、それは終末ではなく、再編の序章である。政治は対立を経て新たな秩序を模索し、経済は再構築を通じて持続可能性を目指し、社会は分断を超えて共通物語を再生し、テクノロジーは倫理と結びつくことで人間中心の進化を遂げる。

地獄を通過しなければ星は見えない。煉獄を登らなければ光には届かない。閉会式が示したダンテ的物語構造は、現代世界に対してこう語る。混沌は避けられないが、方向を持てば上昇は可能である。競争は破壊ではなく浄化の契機となり得る。そして最後に残るのは、力の均衡ではなく、共鳴の秩序である。

希望とは現実の否定ではなく、構造の転換可能性を信じる意志である。再生とは、地獄を経た後にしか成立しない。ダンテの物語と閉会式の構造は、グローバルPESTの混沌の中にあっても、人類はなお上昇の物語を描き得るという静かな宣言とも読み取ることができるのだ。

地球
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