分刻みで動く一流がこのために「1時間」を確保する
現代のビジネスエリートたちは、常に時間に追われている。移動中はオーディオブックを倍速で聴き、ウェブ会議の合間にチャットの返信を済ませる。タイパ(タイムパフォーマンス)を極限まで追求し、すきま時間をいかに効率的に埋めるかが、優秀なビジネスパーソンの証しとさえなっている。
しかし、私が接してきたトップクラスの富裕層やエグゼクティブたちの行動様式を観察していると、ある興味深い矛盾に突き当たる。彼らは誰よりも時間に敏感でありながら、時として予定を完全にブロックし「ただ葉巻(シガー)を吸うためだけ」に1時間以上の時間を費やすのだ。スマートフォンを脇に置き、誰からの連絡も受け付けず、ただ紫煙をくゆらせる。この一見すると非効率極まりない空白の時間を、彼らは何よりも重要視し、死守しようとする。
なぜ、時間に厳しい彼らが、わざわざ何もしない時間をつくるのか。その答えを探るためには、まず「紙巻きタバコ」と「シガー」の決定的な違いを理解しなければならない。どちらも「たばこ」という植物を原料とするため同じ嗜好品として括られがちだが、その本質は根本から異なる。
吸い終わるのに2時間を要する品も
紙巻きタバコは、3分程度で吸い終わる。通勤途中に、仕事の合間に、あるいはストレスを感じた瞬間に――スキマ時間に「消費」されるものだ。ニコチン摂取という生理的欲求を手早く満たすための道具であり、時間を「埋める」ために存在する。
一方、シガーは時間を「つくる」ために存在する。
標準的なロブストサイズのシガーを味わうには、50分から1時間半を要する。チャーチルサイズなら2時間近くかかることもある。「この時間だけは自分のものだ」と宣言し、予定をキャンセルしなければ、シガーは吸えない。つまり、シガーに火を点けるという行為そのものが、他者の都合やデジタルデバイスの通知によって細切れにされた時間を取り戻す「時間の主権を宣言する儀式」なのである。
映画の名シーンが教える「時間軸が変わる」瞬間
この「時間の主権」という概念を視覚的に見事に表現しているのが、映画の名シーンである。
映画『インデペンデンス・デイ』(1996年)のクライマックス後のシーンを思い出してほしい。人類が地球外生命体との死闘に辛くも勝利を収めたとき、ウィル・スミス演じる主人公たちは、ポケットからくしゃくしゃになった葉巻を取り出し、火を点けた。
あのシーンを見て、葉巻に火が灯った瞬間、物語の時間軸が明確に変わったことに気づいた人は少なくないはずだ。それまでの息もつかせぬ戦闘の疾走感が、煙のひと筋とともに静かに凪いでいく。勝利の雄叫びではなく、黙って煙を吐き出す沈黙の「間」こそが、あの映画の真のクライマックスだった。
同じことは、フランシス・フォード・コッポラが『ゴッドファーザーPART II』(1974年)で描いた世界にも通底する。マイケル・コルレオーネ扮するアル・パチーノが葉巻をくゆらすとき、彼は何かを語っているのではない。あえて語らないことで、すべてを語り、その場の空気を支配している。あるいは『スカーフェイス』(1983年)でこれまたアル・パチーノが演じる麻薬王が、豪邸の巨大な風呂に浸かりながら堂々と葉巻を吹かす名シーン。あれもまた、底辺から這い上がり、富と「時間の主権」を完全に掌握したことを誇示する王者の儀式にほかならない。
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