第1章:閉会式におけるダンテ『神曲』の物語構造

ここまでで示したように、今回の閉会式はダンテ『神曲』の三部構造を骨格としながらも、それを単なる象徴としてではなく、演出の時間軸そのものに埋め込んでいた点に本質がある。ここでは、物語の思想的意味ではなく、舞台構造としてどのように地獄・煉獄・天国が立ち上がったのか、その設計そのものを整理する。

まず特徴的であったのは、「円」と「垂直」という二つの空間軸の使い分けである。ヴェローナ・アリーナという円形闘技場は、古代ローマ以来の競争と対決の象徴であり、水平方向の緊張関係、すなわち向き合い、ぶつかり合う構造を内包している。閉会式はこの円形空間を意図的に活用し、分断されたダンサーの配置や対峙する身体の動きによって、水平的な競争の場を強調した。ここではまだ上昇はなく、関係性は緊張の中にある。これは地獄的構図の空間的再現であり、同一平面上で衝突する存在たちの世界である。

しかし物語が進むにつれ、舞台は徐々に垂直軸を強調し始める。山のモニュメントが象徴的に立ち上がり、身体は上へと伸び、光は下から上へと走る。水平の対立から垂直の上昇へという空間転換は、神曲における煉獄の山の構造と対応している。煉獄とは平面ではなく、登る構造を持つ空間である。ここで重要なのは、対立していた身体が消えるのではなく、同じ方向を向き始めるという点である。クラシックとストリート、伝統と現代という異質な身体表現は対決を経て、同じ上昇軸を共有するようになる。これは勝敗の決着ではなく、方向性の共有という物語転換である。

競争の裏の「苦悩」を可視化した

さらに終盤では、光の柱が空間を貫き、個々の身体が集団として再配置されることで、垂直軸は天上への象徴へと昇華する。ここで舞台はもはや闘技場ではなく、共鳴空間へと変質する。照明設計は単なる視覚効果ではなく、暗闇から光への段階的移行を通じて、物語の進行を視覚的に刻んでいた。青く冷たい光から、温かく包み込む光への変化は、地獄的孤立から天国的調和への感情曲線を支える装置であった。

また、音楽構造も三部的である。前半は緊張感を伴うリズムが支配し、中盤ではテンポと旋律が混在し、終盤では持続的なハーモニーが空間を満たす。これは単なる演奏の流れではなく、物語の心理的上昇を支える構成である。観客は知らず知らずのうちに、緊張から解放へ、衝突から統合へという感情の旅を辿るよう設計されている。

さらに象徴的であったのは、「透明性」というモチーフである。衣装や舞台装置に用いられた透過素材は、隠蔽ではなく可視化を示唆し、現代社会が抱える不透明性への対抗軸を提示する。神曲が魂の内面を露わにする物語であったように、閉会式もまた身体と感情を露出させる構造をとった。ここには、競争の裏にある努力や苦悩を可視化する意図が読み取れる。

2026年冬季オリンピック開会式の花火
オリンピックシンボル(写真=JD Vance/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons