※本稿は、羽生琢哉『組織の器』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
リーダーにとって「器」が大切な理由
「あの上司は優秀なのに、なぜか部下が次々に辞めていく」
「特別な実績はないのに、なぜかあの人の周りには人が集まる」
経営や人事の現場に接していると、こうした場面にたびたび出会います。能力やスキルでは説明しきれない、上に立つ者としての大切な何か――それを日本では「器」というメタファーで表現します。
「器」という言葉は「個人の器」と「組織の器」という異なるレベルで用いられ、リーダーや管理職の「個人の器」が組織の意思決定や対人関係に大きな影響を与えるため、結果として組織風土や制度などの「組織の器」と結びつくことになります。ここでは話をわかりやすくするために、まずリーダーの「個人の器」に注目してみましょう。
器という視点を取り入れると、私たちが問題に直面した際の不調には3つのタイプがあることがわかります(図表1)。
1つ目は、器が満ち溢れたときで、水位が縁を越えてあふれそうなほどストレスを抱え込みすぎた状態です。ストレスが限界を超えたときには、リフレッシュ(休息)とリフレクション(内省)が必要になります。このときうまく内省が進めば、器の拡大を構想する機会になります。
2つ目は、器が欠けたときで、器そのものがひび割れて損傷し、水が漏れ出して混乱している状態です。このときにはリカバリー(回復)が必要で、ひびが軽度であれば休息で自然に治癒できますが、破損が深い場合はカウンセラーなどの専門家への相談が望ましいです。
3つ目は、器が空っぽのときで、水がすっかり抜け、喪失感や虚無感に覆われている状態です。このときにはリスタート(再出発)が求められ、過去の壊れた器を手放して新しい器をつくるための一歩が必要になります。
経営者や管理職など責任ある立場に就く人は、常に多くのストレスを抱え込みがちです。だからこそ、自分の器がいまどの状態にあるのかを把握しておくことが、自身のメンタルヘルスを守るうえでも、組織の健全な運営を維持するうえでも大切になります。
“器の大きさ”と“幸せな人生”との相関関係
器を育てることは、単なるストレスマネジメントの話にとどまらず、人生全体の豊かさにも深く関わっています。
80年以上にわたり同一家族の2世代を追跡した「ハーバード成人発達研究」が示した結論は、健康で幸せな生活を送る鍵は「良好な人間関係」にある、というものでした。富でも、名声でも、仕事の成功でも、知能でも、社会階層でもなく、50歳時点で人間関係の満足度が高い人ほど、精神的にも肉体的にも健康な80歳を迎えていたことが報告されています。
ただし、ここでいう「人間関係」とは、友人の数や結婚の有無ではなく、関係性の「質」を指しています。心を許せる人がいるか、困ったときに頼れる人がいるか、本音で話せる相手がいるか、といった関係の深さが大切なのです。
また、人生の豊かさをもたらす人間関係は、単に気の合う人と一緒にいることと同義ではありません。同研究を解説した『グッド・ライフ』(辰巳出版)には、次のように記されています。
「幸せな人生は、複雑な人生だ。例外は、ない。幸せな人生は喜びにあふれている……けれど、試練の連続だ。愛も多いが苦しみも多い。(中略)まさに困難や苦労こそが、豊かな人生――幸せな人生――をもたらす」
価値観の異なる他者と関わることは、ときに意見のぶつかりや感情の揺れをもたらします。しかし、その困難を経て、異質な相手と通じ合えた経験こそが、人生の豊かさにつながっていくのです。


