入試の朝に漂う緊張感
まだ日が高くなる前だというのに、校舎のまわりには緊張が漂っている。
受験生たちは、親に付き添われながら、あるいはひとりで、まっすぐ前を向いて昇降口へ入ってくる。制服の襟元を何度も直す子、受験票を握りしめたまま歩く子、友だちと一緒でもほとんど口をきかない子。こちらが何も言わなくても、その日がその子たちにとって特別な日であることは、見ているだけで伝わってきた。
E先生は、その日の入試責任者だった。
責任者といっても、偉そうに座っていられるわけではない。試験問題の受け渡し、監督配置の最終確認、保健室対応の確認、遅刻者の動線確認、トイレの巡回、放送機器の点検、急な欠員が出たときの差し替えまで、朝からやることは山ほどある。毎年のことなのに、毎年違う緊張がある。
それでもE先生は、慌ただしい朝ほど、声の調子をやわらかくした。
「おはようございます。寒かったでしょう。気をつけて入ってくださいね」
「受験票、いま出せなくても大丈夫ですよ。中で落ち着いて確認しましょう」
「大丈夫、大丈夫。まだ時間ありますからね」
そう声をかけられた生徒は、ほんの少しだけ肩の力を抜く。E先生は、入試は公平でなければならないと思う一方で、受験生を必要以上に追い詰める場所にしてはいけないとも思っていた。厳粛さは必要だが、冷たさまで必要なわけではない。そういう感覚を、長く入試に携わる中で身につけてきたのだった。
問題は数日後に起きた
その朝、校門付近の誘導に立っていたのが、若手のF先生だった。
採用されてまだ日が浅く、まじめで、よく動く先生だった。少し緊張しやすいところはあるが、頼まれたことをきちんとやろうとする。年上の教員に対しては、いつもどこか遠慮がちで、言葉の端に気づかいがにじむタイプだった。
校門から様子を見ていたE先生は、F先生が受験生たちに挨拶しているのを見ていた。
「おはようございます!」
明るく、はっきりした声だった。よく通る。体育館でも廊下でも聞こえるような、元気な声だった。
E先生は、その場では特に何も思わなかった。挨拶としては普通だったし、むしろ感じがいいくらいだった。無愛想に立っているよりずっといい、とさえ思った。実際、その朝は大きな混乱もなく終わった。体調不良の生徒が一人保健室を使ったこと、英語の試験開始前に鉛筆を落として少し慌てた生徒がいたこと、その程度である。
試験全体は予定通り進み、採点も、判定会議も、合格発表も終わった。だから、その電話を受けたとき、E先生は一瞬、何の話か分からなかった。


