普通に挨拶をしていただけ
「入試の日の朝のことなんだけど、校門のところで受験生に挨拶してくれてたよね」
「あ、はい。してました」
「どんな感じで声をかけてたか、覚えてる?」
F先生は一瞬考えてから答えた。
「ええと……普通にです。『おはようございます』って。受験生、すごく緊張してるように見えたので、少しでも感じよく迎えた方がいいかなと思って」
「うん、そうだよね」
E先生はまず、そこを肯定した。
「私も見てたけど、乱暴な言い方でもなかったし、威圧するような感じでもなかった。そこは分かってる」
F先生の表情が少しだけゆるんだ。
「ありがとうございます」
「ただね、申し訳ないんだけど……保護者から1本、お電話が入ってね。あの挨拶の声が大きすぎて、お子さんが萎縮した、っていう内容だったんだ」
F先生は、目を丸くした。
「えっ……挨拶、ですか」
「うん。そう」
「普通の挨拶でしたよ……?」
言い方に強さはなく、本当に理解できない、という戸惑いがそのまま出ていた。
E先生は苦笑するでもなく、ただ静かにうなずいた。
よかれと思った先に
「そう思う。私もそう思うし、たぶん他の先生が聞いてもそう言うと思う」
「じゃあ……」
「うん。だからこそ、難しいんだよね」
F先生は黙った。E先生は、若い先生を追いつめるような言い方はしたくなかった。F先生が悪意を持って何かをしたわけではない。むしろ、ちゃんとやろうとした結果だった。
「F先生、あなたがよかれと思ってやったことなのは、よく分かるよ。受験生をぞんざいに扱う先生じゃないことも、みんな知ってる。そこは安心していい」
「……はい」
「ただ、入試って、普通の学校生活と少し違うんだ」
E先生は、机の上のペンを指先で軽く転がしながら続けた。
「たとえばね。試験時間中に、生徒が消しゴムを落としたとするでしょ」
「はい」
「そのとき、どうする?」
F先生は、少し考えてから答えた。
「拾えばいいんじゃないですか?」
「うん、普通はそう思うよね。目の前で落としたのが見えたら、拾ってあげたくなるよね」
E先生は笑顔のまま言った。責めるような調子はまったくなかった。


