改正皇室典範が7月17日、国会で可決・成立した。1947年の制定以来、初の実質改正となり、7月24日に公布、3カ月後に施行される予定だ。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「改正の作業があまりに強引に進められてきたため、高市政権は世論の支持を失ってしまった」という――。

皇室典範改正後の内閣支持率急落

7月17日、改正皇室典範が成立した。

これは、自民党の麻生太郎副総裁主導の下に進められてきたものだが、あるいはそこに大きな誤算があったのかもしれない。何よりその直後、麻生副総裁が支える高市早苗内閣の支持率は急落してしまったからだ。

2021年10月23日、金沢文庫駅西口で街頭演説を行う麻生太郎氏
2021年10月23日、金沢文庫駅西口で街頭演説を行う麻生太郎氏(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

誤算はそれだけではない。改正の作業があまりに強引に進められてきたため、世論の支持を失った。

毎日新聞の全国世論調査では、旧宮家から養子をとった場合、生まれた男子に皇位継承の資格を与えることへの賛成は26%に過ぎず、反対の41%を大きく下回った。18、19日の世論調査でも、高市内閣の支持率は下落して41%となり、2025年10月の内閣発足以来最低となる。一方、不支持率は44%となり、初めて不支持率が支持率を上回った(毎日新聞7月20日付)。静謐な環境での審議や、「立法府の総意」が蔑ろにされてしまった影響は大きい。

しかし、麻生副総裁にとっての最大の誤算は、世論の支持を失ったことではない。そうではなく、旧宮家の男子という天皇家にとっては“赤の他人”を養子に迎えるより、女性天皇に道を開き、愛子内親王を天皇に即位させたほうが好ましいという国民の期待を、今まで以上に高めてしまったことである。

これほど、「愛子天皇」待望論が力を得たことは、これまでにあっただろうか。

「愛子さまが皇位継承できない」への注目

皇室典範では、皇位は男系によって継承されると定められている。つまり、これまでも、愛子内親王が天皇に即位することはできなかった。

ただ、皇室典範改正への具体的な動きが国会で起こるまで、国民のあいだでは、そのことは十分に認識されていなかった。皇室典範は法律であり、使われる言葉も難しい。一般の人たちが日頃目にするものではない。目にしても、法律に精通していないと、意味が分からないことが多い。

改正の作業が進むなかで、各新聞社は、女性天皇や女系天皇を容認する割合が国民のあいだで高いことを、くり返し報道した。それによって、愛子内親王に皇位継承の資格がないことに、今まで以上に大きな注目が集まったのだ。

一方で、これまでほとんどの国民が知らなかった「旧宮家」なるものの存在が急に浮上してきた。11の宮家が臣籍降下し旧宮家となったのは、今から80年近くも前の1947年のことである。

旧宮家が宮家であった時代を知るのは、相当な高齢者だけである。中学や高校の歴史の教科書では、戦後に民主化政策が進められるなかで11の宮家が皇室を離脱したと述べられているだけである。

それから間もない時代には、旧宮家の人々がどうなったかが報道されることはあった。なにしろ、なんと没落してしまった家もあったからである。