窓は割れ、エアコンは止まる
窓は開かない。たとえ開いたとしても、今度はもう閉まらない。無理にこじ開けようとしてケガをした乗客もいる。
今年7月、パキスタン第2の都市ラホールの駅。パキスタン主要英字紙のエクスプレス・トリビューンなどの取材に応じた乗客たちは、実にさまざまな不満を訴えた。
曰く、追加料金を払って空調付きの車両に乗り込んだのに、肝心のエアコンが頻繁に止まる。スイッチ類には不具合があるものがあり、感電の危険に晒される。おまけにトイレは不潔で悪臭が漂い、しばしば水が出ない。
パキスタンの国民詩人・思想家の名を冠した「アラマ・イクバル・エクスプレス」には、その名に反し、最も古く老朽化した車両が割り当てられていると乗客は訴える。機関車も古く、人里離れた場所で故障して止まることも多い。乗客は灼熱の車内で何時間も待たされる。
運賃が安いわけでもない。2025年4月時点のパキスタン鉄道の公式運賃表によれば、ラホール―カラチ間にあたる1200キロ前後の区間では、空調付きで最も安い「ACスタンダード」でも片道6300ルピー(約3530円)。特急のグリーンラインなら、同じ等級で8650ルピー(約4840円)だ。
パキスタン主要英字紙のドーンが報じるように、最低賃金は月4万700ルピー(約2万2800円)に引き上げられたばかり。最も安い空調車両で片道乗るだけで、月収の15%前後が消える計算になる。
9年たっても実現しない中国の出資事業
問題のこの路線は、南部の港湾都市カラチと北西部のペシャワールを結ぶ全長1733キロの大動脈、「ML-1(メインライン1)」だ。ML-2、ML-3と並ぶ基幹路線であり、カラチ―ペシャワール鉄道線とも呼ばれるこの路線を丸ごと造り替えるのが、ML-1改修計画である。2017年、中国は単独で資金を提供すると申し出て、それを受けてパキスタンは日米などが出資するアジア開発銀行(ADB)からの支援を断った。
ところが、それから9年。中国の資金提供はいまだに実現していない。今やパキスタンは、かつて背を向けたADBを頼ろうとしている。
今年7月初めに開かれた、パキスタン上院の経済問題常任委員会でのこと。
エクスプレス・トリビューンによれば、経済問題省のハミール・カリム次官は、ML-1改修計画がすでに、中国主導の「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」から切り離されていると明らかにした。計画は当初見積ベースで77億ドル(約1兆2300億円)の一大プロジェクトだった。
米経済紙のウォール・ストリート・ジャーナルは2018年、総額620億ドル(約9兆6100億円)に上る中国のパキスタン向けインフラ計画で、借り入れが急増したパキスタン側が債務危機に向っていると報じた。同紙によれば、80億ドル(約1兆2400億円)の鉄道改修も、当時すでに打ち切られかねない事業の一つに数えられていた。サウジアラビア英字紙のアラブ・ニュースによれば、その一連の投資計画の中でも、ML-1は最大のインフラプロジェクトだった。

