「なんでいまさら旧宮家なのか」
旧宮家が宮家であった時代、彼らは「特権階級」として特別な地位を保っていた。特権階級には、華族や士族もあった。そうした身分の違いは、さまざまな場面で露呈し、平民と位置づけられた一般の国民には苦々しい存在でもあった。
そうした特権階級が没落することは、同情も呼んだかもしれないが、それを戦後の民主的な社会がもたらした“痛快な出来事”と受けとるむきも少なくなかったのである。
しかし最近では、今回の改正論議が巻き起こるまで、旧宮家の人々に注目が集まることはなかった。話題にのぼることもなかった。そのことが一般の国民に唐突な印象を与えたのは間違いない。
「なんでいまさら旧宮家なのか」
それが、国民のいつわらざる気持ちである。
しかも、これが決定的に重要なことなのだが、今回の皇室典範の改正が、表向きは皇族数の確保を目的としていながら、本当の目的は別にあることが、白日の下にさらされたのである。
「女性・女系天皇」阻止のための法改正
養子案が提言されたのは、実は、「女性天皇や女系天皇を阻止するため」だったということである。
これは朝日新聞で報道されたことだが、養子案に積極的に賛同する見解を述べ続けてきた百地章日本大学名誉教授は、「一貫して男系で継承されてきた皇室の解体を意味する女系天皇の可能性を排除し、画期的な皇室典範改正となったと高く評価」したのである。
それまでも、養子案が女性天皇や女系天皇を阻止するために持ち出されてきたことが報道されてきた。しかし、それが改正の「本当の目的」だとはっきりと言われることはなかった。
百地名誉教授は、改正が自分たちの思い通りに進んだことにはしゃいでしまったのか、思わず「本音」をもらしてしまった。それは百地名誉教授にとってだけではなく、麻生副総裁や保守派全体に共通して言えることだろう。それにしても、「女系天皇が皇室を解体する」とは、国民のとらえ方とははなはだしく乖離している。
これまでも〈だから麻生太郎は“愛子天皇”を絶対阻止したい…島田裕巳が読み取った「執念の政治家の最終目的」〉で指摘してきたように、皇室の存在が、国民に対して強い影響力を発揮することを快く思わない政治家や保守派の論客にとって、今や絶大な人気を誇る愛子内親王の存在自体が脅威なのだ。

