日本と世界のリーダーシップの違いは何か。作家でプリンストン日本語学校高等部ディレクターの冷泉彰彦さんは「日本とアメリカのリーダー観は大きく異なる。アメリカでは、リーダー適性のある人物を選んだ上で、いきなり権力を与えることはしない」という――。
※本稿は、冷泉彰彦『世界の一流は「子ども」に何を教えているのか』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
アメリカの大学が重視するリーダーシップ
これからの時代に、人間が「AIではできない高度な判断」をしていくには何が必要か? それを知る上で、「アメリカの大学」が持っている教育の考え方、学生を選ぶやり方を見ておくことは、十分に意味があります。彼らは、先ほどの問いに100%の答えを持っているわけではありませんが、世界の中で最も近い答えを持って教育をしていると言えます。
アメリカの大学は、出願者の「スポーツ歴」を重視します。その中で大切なのが、「リーダーシップ」の問題です。
キャプテンとかエースというポジションを経験したということは、願書ではプラスの評価をされます。そして、キャプテンとして困難を乗り越えた経験、さらに「その経験によって、将来のキャリアへのモチベーションを獲得した」といったストーリーをエッセイ(作文・自己紹介文)にまとめ、その内容に信憑性があるのであれば、選考にあたって評価されます。
ちなみに、プロスポーツから、高校の部活動まで、部員が顧問だけでなくキャプテンや部長などの指示に従うという基本ルールは、日米まったく共通です。自由なアメリカだから、部活の中も自由というわけではありません。
スポーツの場合は、統制の乱れは時として危険につながりますし、プロスポーツでも、たとえば露骨に監督批判をしていると、解雇されることもあります。
また、音楽や演劇では「全体の調和そのもの」が表現上の達成目標になります。これはアメリカだけではありませんが、プロでもアマでもオーケストラというのは、指揮者の統率に従うことで初めて、見事な合奏を披露できるわけです。

