20年余で2倍の年商223億円に
「雑穀」をご存じか。お米と混ぜて炊く、ヒエ、アワ、大麦などの穀物の総称である。自宅そばの大型スーパーのお米コーナーの隣をのぞけば、目の高さの棚に雑穀商品がずらりと並んでいた。その大半が「はくばく」の商品だった。
山梨県中央市にある老舗の精麦会社ながら、三代目の長澤重俊社長が健康食材の雑穀に重心を移した。代替わりをした後、健康食ブームもあって、ニッチ市場でありながら、「十六穀ごはん」「もち麦」といったメガヒット商品を連発。20年余で年商115億円(2002年度)から223億円(2025年度)、国内シェアを6割にまで成長させたのだった。
なぜ、事業変革がうまくいったのか。
どん底時代に生まれたメガヒット商品
7月某日。東京都は江東区木場の東京本社を訪ねた。オフィスビルの最上14階、目の前には緑豊かな木場公園がひろがる。フットサルコートほどの広さの会議室、真ん中の白いテーブルの上には売れ筋の雑穀シリーズの商品が置かれていた。
「これは、大ヒットです」と、長澤社長は黒縁メガネの奥の大きな目をほころばせ、「十六穀ごはん」を指差した。現在は、「十六穀ごはん」の売り上げが約20億円、雑穀全体のそれは約50億円に成長した。
「これはひょうたんからコマみたいな話で、運がよかったんです。2000(平成12)年ごろです。うちはどん底みたいな時で、売れるものだったら何でもやるぞといったマインドだったんです。そんな時、大型スーパーからPB(プライベートブランド=雑穀ミックスの商品開発)の依頼があったんです。当時は雑穀のマーケットはゼロ。自分たちは大麦屋と思っているから、新たな雑穀が増えたら、大麦が減るみたいな、社内では結構異論が出たんです。でも我々が提供している価値というのは、ご飯に簡単に混ぜられて、家族全員が健康になるということ。ならば、ゴーだろうって」


