戦中の日本軍部には多彩な人物がいた。現代史研究家の保阪正康さんは「満洲事変の英雄として名が売れた陸軍中将は『世界最終戦論』という本を出して、1984年に最終戦争が起きると言ったが、時期は当てずっぽうだとしても、世界史の流れを読む力はあった」という――。

※本稿は、保阪正康、戸髙一成、大木毅『虚構の昭和史』(角川新書)の一部を再編集したものです。

石原莞爾、1934年
石原莞爾、1934年(写真=毎日新聞社『一億人の昭和史 1930年』より/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

石原莞爾の『世界最終戦論』

石原莞爾いしわらかんじ 1889〜1949年。陸軍中将。陸士二一期。関東軍作戦課長、参謀本部作戦課長、参謀本部第一部長など。関東軍による満蒙領有計画を立案し、1931年に満洲事変を起こし満洲を占領。その後日中戦争の拡大に反対。太平洋戦争開戦後は、東條英機との折り合いが悪く冷遇される。

『世界最終戦論』 石原莞爾の代表的著書。1940年(昭和15年)9月10日、立命館出版部より出版。俗流文明論だが、精神文明の東洋の王道と、物質文明の西洋の覇道が対決し、決戦が行われるというもの。それぞれの代表が日本とアメリカ。(編集部註:日米開戦は1941年12月)

【戸髙】石原莞爾の、いわゆる『世界最終戦論』、90ページほどの薄い本です。これは昭和15(1940)年5月におこなった講演を元にしています。これを出したのが昭和15年9月です。版元は立命館出版部でした。

満洲事変の英雄として名が売れていましたから、よく売れたのでしょう。『世界最終戦論』は3回活字になっています。15年版、15年改訂版と出て17年版が最後です。

この本で面白いのは、それぞれ巻末に「戦争進化一覧表」と題するものが付いているのですが、これが三つとも微妙に違うことです。石原としては、既に始まっていた第二次大戦、あのヒトラーの戦争が第一次大戦の延長なのか、彼の言う最終戦争なのか迷っている、決めきれないでいる。その模様が、表の違いに出ている気がします。

石原莞爾の著書『世界最終戦論』
石原莞爾の著書『世界最終戦論』(立命館出版部)、国立国会図書館デジタルコレクション

最終戦争は1984年に起きる?

【保阪】本を出したのは昭和15年が最初ですが、そのかなり前から『世界最終戦論』についての講演はよくやっていたようですね。一つエピソードを思い出しました。

講演の後に質疑応答があり、「あんたが言う世界最終戦はいつ起きるのか。その大体の日程はどうなのか」と聞いた聴衆がいる。それに石原は、「そうだな、50年先だ」と答えたといいます。昭和9年のエピソードですから、西暦で1934年。50年後と言えば1984(昭和59)年になる。ちなみにこれは、ジョージ・オーウェルが描いた第三次世界大戦後の世界と同じ年です。

それはともかく、昭和9年の段階で50年先など、何か根拠があって言っているわけではない。当てずっぽうでしょう。

【戸髙】『世界最終戦論』自体もいわゆる「概念」の産物ですからね。「妄想」とはあえて言いませんが。