「アメリカ嫌い」と日蓮宗の影響
【大木】それと、思想的にはおそらく日蓮宗の影響が大きいと思います。日蓮宗がユニークなのは、他の宗派に対して戦闘的なところです。そこが石原の「アメリカ嫌い」と共鳴したのではないでしょうか。
ドイツから帰ってきた時点で、もう後年のようなことを考えていたとは思えません。軍事や戦史について最新の知識を得たことと、戦略思想を構築することでは、ことのレベルが違いますから。
【戸髙】日蓮宗は、文字通り日蓮自身の闘争的な生き方を信仰しているような宗派なので、軍人には共感するところが大きいのでしょう。
【大木】石原の『世界最終戦論』は、果たして戦略論として認められるものかどうか。私が疑問に思うのはそこです。やはり飛躍のしすぎで、現実の戦略としては地に足が付いていない。
デルブリュック(*4)に依拠して、殲滅戦か消耗戦かというところまでは、何とか恰好が付いているのですが、そこから先の石原が独自で構築したであろうところは、納得のできる説明になっていないですね。石原の独善的な飛躍の産物だと思います。
同時期の欧米の戦略家たちは、もっと現実的です。たとえば、イタリアにドゥーエ(*5)という人がいて、戦略爆撃などを提唱していますが、彼は戦争が始まったら、相手国の工業地帯や首都、大都市を空襲して、相手の継戦意志をくじくべきだとしている。当時の航空機の性能に即した、実行可能な戦略ですね。
ところが、石原はやがて世界一周可能な飛行機が現れるとか、一瞬にして何万人を殺傷する爆弾が開発されるとか、その予見性はともかくとして、当時の技術水準に基づいた現実的な戦略を飛び越した方に行ってしまっています。やはり私は、『世界最終戦論』に示された思想は、戦略構想というよりも、宗教的なものに近いドグマだと考えます。
【保阪】その指摘は当たっているでしょうね。石原の中の「アメリカ嫌い」が、日蓮宗の「他宗への攻撃性」と共鳴したという話も、なるほどと思いました。
著作もひとつの末法思想だったか
【戸髙】石原は「日蓮宗信者」というよりも「日蓮ファン」だと思うのです。
昔の軍人は、日蓮に惚れて日蓮宗に行く人が多い。その動機は、いわゆる仏教としての教理よりも日蓮という個人に対するシンパシー、生き方への憧れに近い気がしますね。
【大木】日蓮宗では釈尊の滅後1500年、もしくは2000年を経て末法の世となり、仏教が廃れて人も世も乱れる、大変なことになると。巨大な破壊である第一次世界大戦を経験した当時の人々にとっては、おおいに実感されることで、それがいよいよ来たという発想につながっていたのかもしれませんね。
(*4)ハンス・デルブリュック 1848〜1929年。ドイツの歴史家・政治家。志願兵として普仏戦争に従軍。1885年、ベルリン大学教授(近代史)。1884年から1890年までドイツ帝国議会議員。第一次大戦終結後、ヴェルサイユ会議のドイツ代表団の一員。
(*5)ジュリオ・ドゥーエ 1869〜1930年。イタリア陸軍少将。モデナ陸軍士官学校卒。独立空軍の創設・制空権の重視・戦略爆撃を体系的に主張した最初期の理論家。後の英米空軍に影響を与え、第二次世界大戦の戦略爆撃(ロンドン空襲、ドレスデン爆撃、東京大空襲など)の思想的基盤となった。

