奈良県の公式キャラクターとして定着した「せんとくん」は、登場当初、「かわいくない」「気持ち悪い」と猛批判された。作者の彫刻家・籔内佐斗司さんは、届いた約350通の批判メールに一通ずつ返信していたという。なぜ、厳しい言葉にも向き合い続けたのか。せんとくんを巡る騒動について、当時の心境を尋ねると、返ってきたのは予想外の答えだった。ライターの宮﨑まきこさんが取材した――。
SNS登場前夜の「大炎上」
2008年2月、奈良が燃えていた。
きっかけは、平城遷都1300年祭公式マスコットの公開だった。スキンヘッドの頭から鹿の角が生えたキャラクター。小坊主の姿をしているが、目だけが妙に大人びている。作者は彫刻家の籔内佐斗司氏、当時54歳。
ひこにゃんのような「ゆるキャラ」を想定していた奈良県民は、その本格的な造形に衝撃を受け、「かわいくない」「気持ち悪い」と騒ぎ出す。それを新聞やテレビが取り上げたことで、火種は全国に広がっていった。
旧Twitterが日本でサービスを開始する2カ月前の「大炎上」。それが、「せんとくん騒動」だ。
当時作者である籔内氏のホームページには、2カ月で約350通の批判メールが寄せられたという。籔内氏はそれに対し、一通ずつていねいに返事を綴った。回答の最後は、たいていこの言葉で締められている。
「もう少し気長に見守って頂けませんでしょうか」
その言葉が予言するように、炎上が祭の知名度を上げ、結果的には大成功。せんとくんは現在、奈良県の公式キャラクターにまで昇進している。
当時毎日のように誹謗中傷を受け続けた籔内氏の心痛は、どれほどだっただろう。そして、手のひらを返したようにせんとくんが受け入れられている現状について、どう考えているのか。本人に聞いてみたいと、世田谷区経堂のアトリエを訪れた。しかし――。
「つらくはありませんよ。せんとくんが受け入れられた理由も、わかりません」
73歳になった籔内氏によって、早々に取材の柱は折られた。


