「同じ土俵で相撲をとったら、泥仕合」
「私、先生のホームページを拝見して、批判メールも先生の回答も読みました。よくこれだけていねいに回答されたなあと。なぜ一つひとつ回答したのですか?」
「なぜかって、『もしもし』って肩を叩かれて呼びかけられたら、『なんですか?』って答えるでしょう? 私にとっては当たり前のことですよ」
「『私はこのキャラクターが嫌いだ、気持ち悪い』という率直な意見もありました」
「『真』『善』『美』という3つの価値観があるでしょう? これらは全く違う価値観で、一緒くたにしちゃいけないんです。だけどみなさん、『私はこれが嫌いだ。だから美しくなく、キャラクターとして不適切』と、価値観をごちゃまぜにしてしまってるんです」
「嫌いなものを美しくないと思うのは自然なことでは?」
「個人の感情と、社会的善悪は別物です。『嫌い』という言葉を使うと、本当に嫌いになってしまいます。だから、使ってはいけない言葉なんですよ」
「なかには、とてもきつい言葉遣いで書かれているものもあります。私だったら、毎日メールボックスを開くのがつらくなってしまいます」
「つらくはありませんよ」
「つらくないんですか?」
「みなさん、こんなことを考えているんだなあと思うだけです」
「一生懸命作ったものが、こんな誹謗中傷を受けて、悲しくなかったのかなと……」
「それはあります。ありますけど、同じ土俵で相撲をとったら、泥仕合になるだけでしょう」
「先生の世界観が当初これほど反発を受けたのは、なぜだと思いますか?」
「もう昔の話ですし、蒸し返すのはやめましょうか」
当時のことを追及しようとする問いは、その一言で折られた。
「つらいことなんて一つもありませんでした」
籔内先生のアーティスト活動は粛々と続いた。「ART FOR THE PUBLIC(公共のための芸術)」を活動の礎に据え、公共空間に設置した作品は、全国で100カ所を超える。
一方で、2021年3月には東京藝大教授を退任、文化財修復の第一線からも退いた。
「日本が貧しくなって、文化財の修復予算は減り、職人も減りました。これからは、修復の仕方も変わっていくでしょう。『なぜ修復するのか』という根本的な問いにも、答えられなくなるんじゃないかな。修復するためには、人を育てなきゃいけない。人を育てるってことは、文化をつなぐってことなんです」
「なぜ修復するのか」を深ぼるために、質問を重ねることはできなかった。この取材中、私は何度も先生に「正解」を求めた。答えは返ってくる。しかしそれは「批判に傷つき、乗り越えた」という、予想された「正解」とは違う。
せんとくん騒動についても、先生は簡単な答えを与えようとはしなかった。むしろ、こちらが考えることを促されているようだった。




