「モータリゼーションによって、人間の筋力は落ちました。『思考力』についても、同じことが起きています。今後AIによって、人間の考える力が低下するでしょう。しかし、考えることをやめてしまったら、人間である意味はありません」
籔内先生は現在73歳。日本文化と芸術に捧げてきた人生を、どう振り返るのか。
「芸術家として、好きなことばかりやってきた人生です。つらいことなんて一つもありませんでしたよ。
人生はあみだくじのようなもの。『あみだ』の語源は『阿弥陀如来』です。背中に放射線状の光背を背負っているでしょう? あの線のうちどれを選んでも、最後には阿弥陀様にたどり着くのです。私の人生も同じ。振り返ればいつも、なんとなくいい方向へ進んできました」
「進む道を、いい方向にする方法はないんですか?」と聞くと、「あるといえば、教祖になれるよ」と、先生は笑った。
私は、ほしい答えを探していたのかもしれない
取材音源を聞きながら、駅までの帰り道を歩く。背負ったリュックには、お土産にもらった参考書籍が3冊。
ここまで相手の内面に踏み込めなかった取材は初めてかもしれない。投げかける小石は籔内先生には届かず、その足元に無数に転がっていた。
「なぜ350通に返信した?」
「もしもし、と呼ばれたから」
「つらくなかったのか?」
「つらくはありません」
「なぜ炎上が起きた?」
「昔のことを蒸し返すのはやめましょう」
「人生をいい方向にする方法は?」
「それがわかれば教祖になれる」
先生が答えてくれなかったのではなく、先生への取材の中に、こちらがあらかじめ用意した答えを探していたのかもしれない。
籔内先生の写真集の前半には、童子シリーズが掲載され、後半には本格的な仏像作品が並ぶ。せんとくんの面影を残す童子シリーズと本格的な仏像は、一見かけ離れたもののように見えた。しかし時間をかけて見ていくと、まるで一冊の本のように、背表紙でつながっているようにも思えてくる。
先生はこの作風になったきっかけについて、以下のように語った。
「大学時代、ヨーロッパを一人旅したことがあります。現地の素晴らしい美術品に触れ、すごいなあと思ったものです。しかし同時に、『これは私がすることじゃないな』とも思った。この芸術は、ヨーロッパの歴史と文脈のなかで出来上がったもの。私は私のなかにあるものを、現代によみがえらせた方がいい』と」


