※本稿は、名越健郎『ジョークで読み解く「ロシア近現代史」』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
秘密警察を恐れながら、陰では指導者を笑う
ロシアが誇るアネクドートとは、短い物語形式の政治的・社会的ジョークで、単なるガス抜きではなく、権力者や官僚、社会制度の矛盾を皮肉る「庶民の言論」の役割を果たしてきた。
それは18世紀からロシアに定着し、20世紀のソ連時代、社会主義体制への批判を養分に異様な発展を遂げた。民衆は秘密警察の監視や密告を恐れ、従順に振る舞いながら、裏では政府や指導者を小話で痛烈に批判したのだ。
かつて旧共産圏の政治ジョークには、「部分的な真理が必ず込められている」という格言があった。庶民の不満や憂さを晴らし、現実を直視する醒めた批判精神が、やがてソ連邦を崩壊させる影の原動力になった。
ソ連崩壊後の市場経済も奇怪な展開を遂げ、貧富の格差が天文学的に広がった。2000年に登場したプーチン政権は、言論統制や独裁体制を強め、2022年に遂に衝撃的なウクライナ侵攻に踏み切った。
ロシアの民衆はこうした激動を横目に、アネクドートで憂さを晴らし、事態を諦観してきた。ジョークのセンスや現実をパロディー化する能力にかけては、ロシアは先進国である。ロシアの国民がアネクドート作りに熱中し、醒めた諦観が広がるなら、無駄なウクライナ戦争は終結に向かうだろう。
戦時下でもキーウのお笑い劇場が満員に
ウクライナの首都キーウで、お笑い劇場は戦時下でも連日盛況らしい。お笑い芸人が観客と掛け合いながら政治や世相をネタにし、ロシア軍をからかうジョークが最もうけるという。「カフェでもどこでも人が集まる場は笑いが絶えない。それは戦場も例外ではない。戦争が長期化するなか、ユーモアが侵略者への抵抗を支えている」とキーウ在住のジャーナリスト、古川英治氏が『日本経済新聞』(2022年10月1日)に書いていた。
生活苦や独裁の憂さをアネクドートで晴らすスラブ民族の伝統が、ウクライナにも脈々と残っている。三十代の女性は「笑いがなくなったら、負けよ」と古川氏に語った。東部の前線でも笑いが絶えず、「戦場の救いはユーモアだ」とある兵士が告白した。
中東メディア『アルジャジーラ』(2022年9月6日)も、ウクライナのソーシャルメディアで風刺投稿が活況を呈している現状を伝え、「戦争が新たな日常となる中、ウクライナ人はナチスによるホロコーストとソ連時代の残虐行為の時代に磨かれたブラックユーモアに頼るようになった」と書いた。

