土地や家を奪われても、ユーモアは奪われない
稀代のコメディアンだったゼレンスキー大統領は、19年の大統領選で巧みな話術を駆使して当選した。しかし、戦時下ではさすがにジョークは避け、感情を込めた言葉で国民を鼓舞する。
ウクライナでは、ロシアを揶揄する動画や画像を改変して拡散する「ミーム」が人気だ。これを紹介した「Visit Ukraine」という政府系サイトは、「ロシアの侵略はウクライナ人の土地や家、安定した生活を奪ったが、ユーモアのセンスを奪うことはできなかった」「ウクライナ人にとって、ユーモアは危機を生き抜くための確かな手法だ」と強調した。
ただし、戦時のユーモアは切なさや辛さが同居し、笑って済ませるわけにはいかない。この戦争は、「ウクライナはロシアの一部であり、歴史的に一体」とする特異な歴史観を持つプーチン大統領のイニシアチブで始まった。ウクライナ人の反ロ感情はこれで決定的になり、両国の決裂、対立は今後数世紀にわたって続きそうだ。
その意味で、米国の専門家、エードリアン・カラトニツキーが著書で指摘したように、ウクライナにとっては「ロシアからの完全決別を目指す独立戦争」と位置付けられる(『戦場のウクライナ』2024年、未邦訳、Yale University Press)。同書は「独立以来、ウクライナ人のアイデンティティー確立は緩慢で部分的だったが、国家が戦場となったことで、国家意識、独立心が定着した」と書いた。
武器の使い方をウィキペディアで学ぶロシア兵
ロシア軍の戦闘ぶりには、ジョークのネタになるような奇妙な事例があった。たとえば、米紙『ニューヨーク・タイムズ』(2022年12月16日)の調査報道は、関係者のメールや文書、捕虜の証言を集め、「世界最強の軍隊がなぜ、はるかに弱いウクライナ軍に苦戦したか」を書いた。
同紙によれば、ロシア軍は緒戦で古い地図や誤った情報に基づいてミサイル攻撃を行い、ウクライナの防空網はほとんど無傷だった。ロシア兵の多くは市販の携帯電話を使って家族らに電話したため居場所を追跡され、攻撃の餌食になった。
ロシア兵はわずかな食料や弾薬、半世紀前のカラシニコフ銃、1960年代の古い地図を持参し、過密状態の装甲車に乗せられて移動。武器の説明書代わりにウィキペディアを印刷して使用方法を習得し、戦場に赴いたという。
プーチン政権は侵攻時、将校に新しい軍服の持参を指示し、軍楽隊も同行させた。一週間で陥落するとみなし、キーウで勝利の軍事パレードまで計画したが、失敗して首都周辺から撤退した。
とはいえ、膨大な犠牲を出し、苦戦しても体制を立て直して持久戦に持ち込むのがロシアの戦争手法だ。独ソ戦もそうだったが、緒戦で苦戦しても、戦力を整えて徐々に巻き返し、戦争目的を達成する。ロシア軍はウクライナでも戦線を立て直して支配地区を拡大し、民間施設攻撃を繰り返してゼレンスキー政権を追い詰めている。

