一年間の休息でわかった肩肘はらない働き方

私は、30年以上ずっと営業職のサラリーマンをしていました。会社自体は福利厚生も整った良い会社で、本来なら65歳まで働けました。ただ、57〜58歳の頃にはもう「60歳で辞めよう」と決めていました。数字を追い続ける毎日に疲れていたのです。

課長職になっても、営業職という特性上、完全にマネジメント側へ回るわけではなく、現場で数字を追い続けていました。確かに目標を達成できたときの高揚感はありますが、休みの日も戦闘モードが抜けませんでした。

会社としては、役職が外れて60歳以降も再雇用で働ける制度がありました。ですが、結局は数字を追う生活が続くのです。重圧は続くが、収入は減る。「定年を迎えたときは、「次に何をやるか」より「いったんリセットしたい」という気持ちのほうが強かったのです。

退職しても、気持ちはすぐに切り替わりませんでした。長年の習性で結果を考える癖が残っていて、気持ちが張ったままでした。そこで、一年間は休むことに決めました。退職金や多少の貯金はあったものの、切り崩していくことに不安もありました。それでも妻には「一年だけ猶予が欲しい」と相談して、理解してもらいました。

その間は旅行へ行ったり、子どもたちに会いに行ったりして過ごしました。社会との接点を保とうと、デイケアサービスの送迎バスのアルバイトも少しやりました。そうやってゆったりと過ごすうちに、「やっと前職を卒業できた」と思えるようになりました。長年染みついた癖を抜くには、それくらいの月日が必要だったのだと思います。

一年ほど経って「まだ体が動くうちは何か仕事をしたい」と思い、就職活動を始めました。希望は「もう営業には戻りたくない」ということだけ。せっかくここまでして気持ちをリセットしたのですから、もう数字を追う日々へ戻る気にはなれなかったのです。

そこで「今までとは真逆の仕事をやってみよう」と考えました。そうして見つけたのが、清掃の仕事だったのです。殊更に几帳面な性格ではないのですが、汚れているところが気になるたちで、家でもしょっちゅう掃除をしていましたから「これは自分に合っているかもしれない」と思ったのです。

病院清掃中の佐々木信二さん。
病院清掃中の佐々木信二さん。

清掃業界のことは何も知りませんでしたが、不安よりも「62歳で新しい仕事に挑戦できるんだ」という楽しみが勝りました。今の会社はそんな私を温かく迎え入れ、仕事を一から教えてくれました。上司も同僚も年下ばかりですが、まったく抵抗はありません。昔から「わからないことは若い人に聞けばいい」という考え方でしたから。

もしかすると、こういったプライドを手放すことが一番難しいのかもしれません。一度捨ててしまえば、新しい環境での学びが、好奇心を刺激してくれるはずです。

気に入っているのは、社会保険に入れてもらえたことです。ハローワークにも通い、警備員やドライバーなど他の職種も検討しましたが、国民健康保険になるところが多い印象でした。60代になると病院に行く機会も増えますから、これはとても助かります。

(構成=渡辺一朗 写真=本人提供)