後発でも勝てる「商圏をずらす」出店術

「ゆで太郎」の店舗数は239店舗(2026年3月現在)、そばチェーンでは1位です。1号店を出したのは1994年。先行する「富士そば」は66年、「小諸そば」は74年に1号店を出店していますから、私たちは後発です。それでも店舗数でトップに立つことができたのは、そばチェーンの常識を逆手に取ったからでしょう。

そばチェーンというと、駅前、オフィス街の立ち食いそば業態を思い浮かべる人が多いでしょう。実際、富士そばさんは駅前の一等地をおさえられていて、小諸そばさんはオフィス街の好立地に出店されています。それに対してゆで太郎は約8割が郊外のロードサイド店。一見不利に思えますが、実はこの出店戦略が成長の原動力になったのです。

なぜロードサイドに目をつけたのか。ゆで太郎の歴史を簡単に紹介しましょう。私はもともと「ほっかほっか亭」FC加盟店オーナーで、創業者に誘われて本部に入社しました。取締役まで出世しましたが、経営方針の違いから退職を決断。弁当店の一加盟店に戻って生計を立てていました。

ほかにも何かできないかと模索していたときに思い出したのが、スーパーバイザー時代に担当したオーナーの一人で、すでにゆで太郎を展開していた信越食品の水信春夫社長でした。当時は30店舗程度でしたが、職人が打つ町そばの品質を立ち食いそば業態でやっていて、とてもおいしかったのです。

水信社長は豪快な人で、連絡すると「レシピはぜんぶ教えるから勝手にやっていい」と言ってくれるほど。04年、ゆで太郎システムを設立し、信越食品とマスターフランチャイズ契約を締結。フランチャイザーとしてゆで太郎のFC展開を担うことになりました。

後発であることは気になりませんでした。弁当チェーンをやってわかったのは、飲食業は競合と勝負するより、お客様に集中したほうがいいということ。お客様がおいしいと思うものを手頃な価格帯で提供できれば、競合がいてもいなくてもお客様はつきます。その点、生麺を店内で打つゆで太郎なら大丈夫と踏んでいました。

後発でも問題ないと考えた理由はもう一つあります。実は私は当初からゆで太郎を都市部の立ち食いそば業態ではなく、郊外で展開したいと考えていました。先行するチェーンとは、そもそも商圏が被らないのです。

郊外に注目したのも、弁当チェーン時代の経験が関係しています。私はスーパーバイザーとして車で加盟店を回っていました。ところが郊外には自分が食べたくなる店がほとんどなかった。

業務系車両で移動する人たちの食事の定番はラーメン、牛丼、コンビニです。ラーメンはおいしいですが、背脂系は毎日は食べられない。コンビニのおにぎりもさすがに毎日では飽きます。

一方、毎日食べてもいいと思えたのがそばでした。ただ、個人経営の町そばは少量で値段が高く、お財布に厳しい。また、ランチが終わると閉めるため、看板を見つけてもありつけないことが多く、残念な思いをしていました。

(構成=村上 敬 撮影=小西範和 写真提供(店舗外観)=ゆで太郎システム)

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