居心地がよくて高給でステータスの高い仕事をあっさり捨てる。当然ながら周囲の反応は「もったいない」だった。でも、この人はこう返した。「な、何が?」。もしかしたら早まったかもしれないと思わないわけでもないが、この人は正直にこう綴っている。「私はもう『おいしい』ことから逃げ出したくなったのだ」と。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)
1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞社入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て、朝日新聞論説委員、編集委員。連載コラム担当時、アフロヘアと肩書のギャップがネット上で大きな話題となった。2016年1月退社。

著者の稲垣えみ子さんは、アフロヘアの朝日新聞編集委員として知られるが、2016年1月に退社し、50歳、夫なし、子なし、無職の人生を新たにスタートさせた。

「ステップアップや第二の人生を咲かせたいと思ったわけでもありません。これまで何かを獲得していくこと、お金を稼ぐことをよしとした人生から、閉じていく人生を迎えるにあたって、手放していくことをポジティブにとらえたい。そんな心構えをつくらないと、今後の人生はイヤなことを我慢するばかりの人生になってしまう。そんな人生は絶対イヤだと思ったんです」

高度成長期に育ち、「いい学校」「いい会社」「いい人生」という“黄金の方程式”を疑わずスクスク生きてきたという稲垣さん。欲望は努力のモチベーションであり、その結果得たお金や優越感をどれだけ享受しても、上には上があり、もっともっと上を目指したい、目指さなければいけないと思ってきた。だが、その列車に乗り続けている自分にそこはかとない不安のようなものも感じていた。

「お金があれば幸せ、なければ不幸と言いますが、実際はそうではないことがだんだんわかってきたんです。自分を満足させるために何が必要なのか、本当はみんな考えていないのではないか。私は必要十分なものがあって、人生のバランスが取れていれば、それでいいと思ったんです」

会社を辞めてから、稲垣さんは、本当にやりたいことが次から次へと浮かぶようになったという。「仕事」とは本来、他人を喜ばせたり、助けたりするものだということに改めて気づいたからだ。仕事は苦労もするし、完遂するまで逃げ出せない。でもだからこそ達成感があり、仲間もできれば、人間関係も広がっていく。

「会社を辞めても辞めなくてもいいんです。でも、いつかは会社を卒業していける自分をつくり上げる。会社は修業の場であって、依存の場じゃない。それはすごく大事なんじゃないか。そう思うんです」

(小原孝博=撮影)
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