外敵といかに戦うか。それが中国古典を研究する著者によるベストセラー『最高の戦略教科書 孫子』のテーマだった。続編ともいうべき本書では、外部に向かっていた視線が組織内部へ注がれる。

守屋 淳(もりや・あつし)
作家、中国古典研究家。1965年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手書店勤務を経て、中国古典の活かし方をテーマに執筆および企業研修・講演活動。主著に『現代語訳論語と算盤』(翻訳)、『ビジネス教養としての「論語」入門』ほか。

「負ける勢力は、敵に倒されるより内部が崩壊して滅ぶことが多いんです。成果の出る組織づくりを目指しつつ、身内を引き締める操縦術を示すのが『韓非子』。ただ、愛読している経営者の多くが『韓非子が好き』と公言することはほとんどありません。他人にいい印象を与えませんから」

『韓非子』は乱世の時代、弱国だった韓が生き残るため、公子の韓非から主君への諌言が基になった書物。「人は信用できない」という前提に立っており、「厳しい刑罰は、人民に忌み嫌われるが、これこそ国が治まる大本なのだ」「権限を部下に貸し与えてはならない」等々、綴られる思想は徹底的に冷徹である。

「だから徳を要にした『論語』を普通の人は好むし、日本の経営システムは『論語』的価値観をベースに構築されてきました。しかし経営者の徳が必ずしも高いわけではなく、年長者を敬うあまり上層部の問題点を指摘できなくなるなど、近年、ほころびが目立つようになっています」

もし社員の精神的安定を重視する方針なら『論語』にこだわるのもいいし、規模を広げて海外で戦える組織をつくりたいなら『韓非子』に学べばいい。「企業の方向性に沿って『論語』と『韓非子』の最適なバランスをとることが経営者の仕事」と著者は語る。

そんな『韓非子』の知恵を本書では現代のビジネスシーンに置き換えて紹介しているが、そこに違和感はほとんどない。それは会社員経験のある著者が企業の現場を熟知していること、さらに『韓非子』そのものに先見の明があったことが大きな理由だろう。

中国で近代国家に近い体制が整備された戦国時代末期、韓非は幅広い事例を基に先進的な見識を獲得。マルサスの『人口論』やドラッカーの「目標管理制度」に似た知見も散見される。

「それだけの名著でありながら、最終的に韓非の主張は敵国の始皇帝に採用され、それが端緒になって韓非は自殺に追い込まれました。歴史の皮肉で、名著の作者はえてして早死にするんですよ」

著者の明敏な視線は、次にどの古典をとらえるのか。注目したい。

(永井 浩=撮影)
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