この質問への答えは簡単です。人の心は読めません。

――やはりそうですか……。相手の心を正確に見抜くことができたら、きっと人間関係はスムーズにいくだろうと思ったんですが。

人間は愚かな生き物です。自分のことすらわからない、そんな人間に他人の心なんか読めるわけがない、というのがまず大前提です。上司と部下の関係にしても、部下は平気で面従腹背ができます。人間ほど厄介で難しい生き物はないのです。

でも、おっしゃるように、仕事上、人間と関わらなきゃいけないのだから、正確には読めなくても、ちょっとは読めたほうが得ですね。

そのためには、自分のことばかり考えず、まず他人をよく観察することです。ルーレットで勝つには、ディーラーの癖を読み取れと言います。赤に落とすか黒に落とすか、奇数か偶数か、勝つ人は振り方とか投げるときの癖をじっと観察してから賭けます。同じように、人間もよく観察するのが大事です。

ただ外から見ているだけでは不十分です。たとえばある野球チームが大好きな人に、そのチームの悪口を言えば、険悪なムードになります。男女関係でも、これを言ったら地雷を踏むとか、火に油を注ぐといったことがあるでしょう。自分から相手に話し掛けて、その人がどんな考え方をする人なのかを知る。そして、それをたくさんの人について行う。

次に大事なのは「パターン化」です。人間にはいくつかの「パターン」があります。この人は朝は機嫌が悪いとか、昼ごはんを食べた後は眠くなるとか。そのパターンを知るためにも、たくさんの人を観察することです。標本数が多ければ多いほど、パターン化しやすくなります。

――「あ、この人は昔、出会ったこのタイプだから、きっとこう考えるな」というように考え方を読むんですね。

その通り。パターン化をもっとうまくできるようになりたい人には、『韓非子』を読むことをおすすめします。

世の中にはこんなひどい人間がいるのかという、悪い人間のパターンが、これでもかこれでもかというぐらい出てくるので、対処法がわかります。人間関係の1つの基礎がわかる本です。

――でも会社でじっと他人を観察ばかりする人って、ちょっと“あやしい人”ですよね。

むしろ自然なことだと思うぐらい、習慣にしたほうがいい。気になる人がいたら、一所懸命相手を見るでしょう。僕も中学時代には、帰り道でじっと観察して、わざと遠回りして、偶然を装って「あっ、こんにちは」と言ってみたりしました。

――え、出口さん、それは完全に“あやしい人”です……。

Answer:中国の古典『韓非子』を読むことをおすすめします

出口治明(でぐち・はるあき)
ライフネット生命保険会長兼CEO

1948年、三重県生まれ。京都大学卒。日本生命ロンドン現法社長などを経て2013年より現職。経済界屈指の読書家。
(構成=八村晃代 撮影=市来朋久)
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