「先約があるのですみません」と断ったりはしないのですか?

――やはり上司には、嫌われたくないですから……。

業務以外の話の相手をする程度なら、まだいいほうですが、僕の知り合いは、上司がある宗教団体の熱心な信者で、土曜日に誘われるそうです。「良い話が聞けるからおいで」と。「3回に1回ぐらいは行かないと悪い」と、何人かは行くらしいです。

嫌々行くことは精神衛生上もよくない。でも、「部下を誘う上司が悪い」と考えるのは一方的です。上司が強制したわけではないし、悪気もありません。誘いを断れない部下のほうも問題です。

――でも断るのは勇気がいりませんか?

本当は嫌々相手をするほうが、大変なはずです。一時的に気に入られても、いつかは信頼を失うことになります。相手に「迎合」しているだけなので、A氏の前ではAと言い、B氏の前ではBと言わなくてはいけない。AとBが矛盾していることは、いつかバレます。

人間が信頼関係を築くには、相手に「迎合」するのでなく、相手を「尊重」する必要があります。「迎合」と「尊重」の違いは、相手の考えを理解しているかどうか。理解しなくても「迎合」はできますが、「尊重」はできない。理解するには、お互いに自分の考えを率直に言わなくてはいけない。他に方法はないのです。

上司も、ムードをよくしようとあえて雑談しているのかもしれません。そのように相手の考えも尊重しつつ、自分の考えも言いましょう。多少意見の相違があったとしても、それを乗り越えることが信頼につながるのです。

――時間がかかりそうですが……頑張ってみます。

でももっと言うなら……迎合ばかりする人は、「世の中のガン」ですね。

――そ、そこまで言いますか!

調子よく、カメレオンのようにその場その場で態度を変える人がいます。いわゆる「八方美人」ですが、主張に一貫性がないため、尊敬されないだけではなく、組織や人の輪を乱します。それは、無用な混乱や対立を引き起こすからです。

歴史上の典型例が、第一次世界大戦中のパレスチナを巡る大英帝国の「三枚舌外交」でしょう。アラブ人には「オスマン朝が崩壊したら、ここにアラブ人の国家を建てる」と言い、ユダヤ人には「ユダヤ人国家をつくることを承認するからお金を出してほしい」と言い、フランスとは「この地を分け合おう」と密約した。

これが今の中東の紛争につながっているのです。八方美人的な振る舞いが、世界の混乱を招いた。大変な迷惑です。

――ガンだと言われないように努力します……。

Answer:上司の考えも尊重しつつ自分の考えも言いましょう

出口治明(でぐち・はるあき)
ライフネット生命保険会長兼CEO

1948年、三重県生まれ。京都大学卒。日本生命ロンドン現法社長などを経て2013年より現職。経済界屈指の読書家。
(構成=八村晃代 撮影=市来朋久)
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