解剖を楽しくするためにしていたこと
――さきほど養老さんから、仕事を楽しむのが一番だというお話がありましたが、ご自身は解剖を楽しくするためにどういうことをされましたか?
【養老】あんまり人がやらないことをやるということかな。たとえば遺体の引き取りね。解剖は、遺体がないとできないから、必要な仕事なんだけど、みんな面倒くさがってやろうとしないんですよ。だって、遺族とか、亡くなった人の子どもとかに直接会って、遺体の引き取りについて説明するのってイヤでしょ。何が起きるかわかっている場合は楽でいいんだけど、遺体を引き取る場合には何が起こるかわかんない。遺族にはいろいろな性格の人がいるわけだからね。なかなか事務的に進行しないのがネックですよ。そういうことはやっぱりイヤですよね。
場合によっては、大学側ともめることがあるんです。
お葬式が終わると、遺体を引き取ってくる。普通は焼き場に運ぶんだけど、解剖のために献体してもらう際は、大学に運ぶ。そういうとき、葬儀に参列して、香典をもっていくわけです。すると、大学の事務が「領収書を必ずもらってこい」というわけです。
葬儀で忙しい人から「領収書」をもらわないといけない
【養老】でも現実には、相手は「取り込み中」なわけ。人が亡くなって、いろいろとお葬式で忙しい。そんなところに行くわけだから、「お取り込み中のところ申し訳ありませんが」という。香典に領収書なんていう人はほとんどいないから、領収書のために、わざわざハンコを持ってこなければいけないから相手も面倒ですよ。申し訳ないから、「じゃあ、(領収書)いりません」といって大学に帰ると、えらい怒られるんだよね。
「なんでもらってこないんだ!」と。
「領収書はなくしたことにしてくれないか」
と掛け合っても、駄目だと譲らない。
でも、そのときの東京大学総長は森亘さんだったから助かった。理解がある人だったからね。主任教授のハンコと、大学の会計主任のハンコがあれば、領収書なしでいいということになった。あんなのたいしたことないんだよ。年間に20件から30件の香典を領収書なしにするぐらいは。流用の恐れはないわけだから。