噛む犬も、心を閉ざした犬も
施設内に入ると、出迎えてくれたのは赤柴の「ニナ(メス)」だった。クンクンと匂いを嗅ぎ、つぶらな瞳で見つめて来る。
「私に会いに来てくれたの?」
「何して遊ぶ?」
「おばちゃんは知らないワンちゃんの匂いがするね」(注:筆者も犬を飼っている)
瞳の問いかけに笑顔を返すと、安心したように足元に座り、ペロペロと手を舐めてくれた。
「この子はすごく噛む子で、最初は預かりという形で2年前にやって来て、1年後に飼い主さんに戻したんですが、今度は先住犬を襲うようになり、結局うちで引き取ることになりました。触れることができないのでエサがあげられない、散歩にも連れ出せないで、飼い主さんはノイローゼになっていました」
教えてくれたのは静岡県の焼津市にある保護団体「一般社団法人わんずふりー」の代表、齊藤洋孝氏(54歳)。やたらと噛みつく、唸ることから譲渡不適切とされた、殺処分にいちばん近い犬。虐待され、トラウマを抱え、心を閉ざしてしまった犬。そんな動物好きでも扱いに苦労する「問題犬」ばかりを全国から引き受け、もっか39頭と共に暮らしている。
穏やかな犬たちの姿にほっこりした
それにしても、このニナちゃんが、かつてそんなに噛む犬だったとは、穏やかな様子からは信じがたい。
次に迎えてくれたのは、黒柴の「あっくん(オス)」だ。廊下へ続くドアの向こうから「開けて―、開けて―」とあまりにも騒ぐので招き入れられると、すたすたと入ってきて行儀よく座り、すっかり落ち着いてしまった。
「あっくんは、殺されるほどの虐待を受けているとの相談を受け、また噛んで暴れることから東京の武蔵野市に迎えに行きました。暴行のせいか背骨が変形しており、当初は怯えて、人を拒絶する犬でした。やって来て1カ月ぐらいは他の犬たちと一緒にいたのですが、どうしても独りでいたがるので、今は別室にいます。寂しいんじゃないかと思うんですけどね、押しつけはしません」
どうしたいかを吠えて主張できるようになったのも、心が通い合った証し。齊藤氏を信頼しているからこその行動だ。