人を咬んだ犬は殺される――殺処分セロの虚実

環境省の調査によれば、令和3年度(2021年)には、咬傷事故の件数は4423件、調査を始めた昭和54年度(1979年)は1万3312件だったので、42年の間に3分の1ほどに減っている。ただし、これは届け出があった事故に限るので、実際にはもっと多い可能性がある。

筆者撮影
この犬たちも殺処分になっていた恐れがあった

飼い犬が人を咬んだ場合、飼い主はただちに(東京都の場合は24時間以内)「事故発生届出書」を提出しなければならない。地元の保健所や動物愛護センターに持ち込まれるケースも多く、それらの犬は即殺処分にされることがあると言う。

また本気咬みが激しく、トレーナー、訓練士、動物行動学病院など複数個所で改善不能な「譲渡不適切犬」と判定された場合も、殺処分される。

しかも、咬傷犬の殺処分数については、近年全国で公表されるようになった「殺処分ゼロ」の統計からは除外されている場合が多い。同じ「殺処分ゼロ」であっても、自治体の方針によって内容が異なることはあまり知られていないのが現状だ。

(事故発生時の措置)

第二十九条 飼い主は、その飼養し、又は保管する動物が人の生命又は身体に危害を加えたときは、適切な応急処置及び新たな事故の発生を防止する措置をとるとともに、その事故及びその後の措置について、事故発生の時から二十四時間以内に、知事に届け出なければならない。

2 犬の飼い主は、その犬が人をかんだときは、事故発生の時から四十八時間以内に、その犬の狂犬病の疑いの有無について獣医師に検診させなければならない。

(措置命令)

第三十条 知事は、動物が人の生命、身体若しくは財産を侵害したとき、又は侵害するおそれがあると認めるときは、当該動物の飼い主に対し、次の各号に掲げる措置を命ずることができる。

一 施設を設置し、又は改善すること。

二 動物を施設内で飼養し、又は保管すること。

三 動物に口輪を付けること。

四 動物を殺処分すること。

五 前各号に掲げるもののほか、必要な措置

 

東京都動物の愛護及び管理に関する条例(平成一八年三月九日交付)より

譲渡できない「札付きのワル」を引き受ける

齊藤氏が率先して引き受けているのは、この「本気咬みが激しく、トレーナー、訓練士、動物行動学病院など複数箇所で改善不能と判定された犬たちだ。いわば「札付きのワル」。

筆者撮影
慣らしたスペースとドッグランは白い柵で仕切られている

そうした犬たちを、「24時間自由な自然環境」で「食事の時以外、ハウスやケージに入れることはせず」、「閉じ込め管理や暴力でのしつけはどんなに狂犬であっても一切行わない」で、保護・リハビリ・育成をする施設というのは、かなり稀有なのではないだろうか。

「実は、動物福祉先進国と言われるドイツでも、人を咬む犬は殺処分されています。ある『殺処分ゼロ』で有名な保護施設では、収容された全ての犬の26.2%が安楽死させられており、そのうちの68%は高齢・攻撃性・スペース不足などの理由によるものでした。施設の公式ホームページでは「一定の行動障害を示す動物は深刻な傷病・緊急を要する危険の回避のために殺処分する」と明記されています」

世間的には、ケージでの飼育はあたりまえだし、体罰によって厳しくしつけるしかないとする専門家もいるが、齊藤氏は首を横に振る。

「まずは犬の心を察知し、理解してあげること、教育は自発的な心が大事です。犬の問題行動は、先天的な問題や病気を除き、ほとんどが人為的に作り出しているものです。過去100頭ぐらい引き受けてきましたが、先天的な問題で狂暴だったのは2頭だけでした。実際、獣医から『咬み癖は脳の障害のせいで、治せない』と言われた子は、ほかに何頭もいましたが、ここで暮らすうちに穏やかになります」