咬まない、唸らない教育は犬同士で

ニナちゃんは施設全域を自由に行き来し、あっくんは部屋で猫と一緒に暮らしている。それ以外の37頭は24時間、屋内外で自由に過ごす。樹木に囲まれた約1000平方メートルのドッグランと屋内のハウスをつなぐドアは24時間開放されており、犬たちはマイペースで行き来して、好きな場所でじゃれあったり、寝転んだりしている。

筆者撮影
齊藤さんが来ると犬たちは大喜び

取材に訪れた日はあいにくの小雨模様。ほとんどの犬は屋根の下にいたが、1頭だけ、仲間から離れて樹木の下でくつろいでいた。

犬も人間と同様、一頭一頭性格も能力も異なる。それぞれの個性を把握し、尊重するのが齊藤氏の流儀だ。

「ここでのルールは一つだけ。『ご飯は必ず、ハウスやケージに入って1人で食べる』。争わせずに、安全に食べるためです。ほかに特別なことはしていません。あとは、新入りいびりが犬の世界でもあるので、度が過ぎる場合は怒ります」

と言っても、体罰は絶対にふるわない。

「いわゆる『覇気(はき)』を使います。強い意志の力みたいなものです。よく『若いのに覇気がない』とか言う、あれです。口で叱るだけですが、覇気を発すると犬たちはのけぞる。大声で怒鳴るだけの怒りの感情とは全然違います」

齊藤氏が犬たちに与えるのは、自由と愛情、そして安心して生きられる環境だ。「咬んではいけない」といった基本的な教育は、なんと犬同士が担ってくれる。

「すごく強い犬がいて、新入り犬をぴたりとマークして、唸ったり、ケンカが始まりそうになると制してくれるんです。ケガをさせないよう、上に載って抑え込む。そうして大人しくなったら仲間として受け入れる、優秀な『新人教育犬』です」

「私の力じゃない。ほとんどは犬の力です」

新人教育犬の名前は「とらじろう」。もともとは愛知県から保護されてきた、札付きの咬傷こうしょう犬だったが、ナンバーワンに君臨するグレートデンの「ねねじ」たちの教育によって改心(?)。現在は犬たちのナンバー2として、教育係を律義に務めているという。

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とらじろう(手前)を見つめる齊藤さん

ちなみに、ねねじは栃木県の多頭飼育崩壊の現場からレスキューされてきた。普段は穏和で甘えん坊な性格だが、いざという時には頼りになる親分だ。

「とらじろうの教育が厳し過ぎる時などは、止めに入ってくれます。ただ、ねねじももう9歳。グレートデンの平均寿命は短い。いつ死んでもおかしくない年齢なので、最近は屋内で寝ていることが増えてきました」