なぜ政界再編は起きなかったのか?

政治評論を生業の一つとする筆者は普段から「政治家は(与党も野党もなく)皆、嘘つき」と公言している。

単なる皮肉や冷笑ではない。政治家の発言と行動の乖離、公約と実際の政策決定過程における齟齬、そして有権者への説明責任の欠如についてのいわば経験的な認識である。

西田亮介(にしだ・りょうすけ)社会学者
西田亮介(にしだ・りょうすけ)社会学者。日本大学危機管理学部教授。1983年、京都府生まれ。博士(政策・メディア)。『エモさと報道』(ゲンロン)、『メディアと自民党』(角川新書)など著書多数。

それと同時に、人気商売でもある職業政治家たちを取り巻くインセンティブが彼ら、彼女らがそのように振る舞ってしまうことを宿命付けているからという事情もある。小選挙区制もそうだが、少数与党という政府与党にとっては政権基盤が不安定で、裏を返せば野党の要求が通りやすい状態が言いっ放しに拍車をかける。まさに現在の永田町の空気感である。

2025年末、日本政治は戦後史においても極めてまれな流動的状況を迎えている。24年10月の衆院選での自公大敗に続き、25年7月の参院選でも自公は過半数を失い、衆参両院で少数与党という異例の事態となった。9月7日には石破茂首相が退陣を表明し、10月4日の自民党総裁選で高市早苗氏が第29代総裁に選出された。女性総裁は自民党結党70年で初めてのことである。

第219回国会における高市内閣総理大臣所信表明演説
第219回国会における高市内閣総理大臣所信表明演説(出典=首相官邸ホームページ)

高市新総裁の党内基盤が脆弱なことから、政権交代の好機かに見えたこの局面でも、結局のところ政権交代は生じず、「連立」の組み換えが生じたのみである。公明党が26年ぶりに連立を離脱するという歴史的転換点を迎えながら、野党は政権奪取に至らず、日本維新の会との新たな連立によって高市政権は発足した。

なぜ、政界再編は起きなかったのか。本稿では、自民の安倍―高市路線回帰、野党連携の挫折、そして政治とカ-ネの問題への対応という3つの観点から、永田町を支配する「空気」を掘り下げてみたい。

10月4日の自民党総裁選は5人の候補者による激戦となった。1回目投票では高市氏が183票(議員票64、党員票119)でトップに立ち、小泉進次郎氏の164票(議員票80、党員票84)を上回った。決選投票では高市氏が185票を獲得し、小泉氏の156票を29票差で破った。とくに地方党員の「保守回帰」への強い意思が、国会議員の投票行動を規定したといえよう。

高市氏の勝因は明確だ。故安倍晋三元首相の路線継承を前面に掲げ、前述の地方党員のこの間の国政自民党に対する不満や「岩盤保守層」の結集に成功した。高市氏は松下政経塾出身で、当選同期の安倍氏と派閥こそ違えど政治信条を共有してきた。安倍政権下では党政調会長や総務相といった要職を歴任し、保守派の仕事ができる剛腕政治家として存在感を高めていった。

経済政策では「アベノミクス」路線の継続を掲げる。金融緩和と積極財政を維持し、ガソリン税の暫定税率廃止や所得税の「年収の壁」引き上げなど、国民民主党の政策と親和性の高い施策を打ち出している。外交・安全保障では、日米同盟強化、防衛力を当初目標より前倒ししての増強、憲法改正という安倍路線を踏襲する。靖国神社参拝については「適時適切に判断する」と述べ、これまで8月15日の参拝を続けてきた経緯があるが、現実的な観点から見送りを示唆したと捉えられている。

後に厳しく対立することになる中国政府は対中強硬派とされる高市氏を警戒しており、首相就任時には習近平国家主席からの祝電が見送られた。