犬は、その祖先である狼同様、群れ社会を形成する習性があると言われている。また、犬には人間と共生するようになった今も、群れで暮らしていた頃の本能が残っており、仔犬は母犬やきょうだいから犬社会のルールを学ぶ「社会化期」があるのだが、生後、あまりにも早期に親兄弟から引き離されると、社会化の機会を逸してしまい、問題行動の原因になるとも言われる。

犬同士による教育は、そうした観点からも、理にかなっているように思える。

「群れの順位がきちっと決まっていて、役割分担もできているので、その中で教育することがすごく大事だと思います。ダメなことは絶対にダメと教えてくれる。ですから、ここの犬たちが咬まなくなるのは、私の力じゃない。ほとんどは犬の力です」

愛犬に生命を救われた

かつて齊藤氏は、成功した実業家だった。

東京でのビジュアルバンド活動に見切りをつけ、22歳で帰郷して始めたのは、バンド時代に唯一金髪頭でも雇ってもらえたアルバイトで身に着けた「清掃業」の会社だった。

「命綱をつけてビルの窓をきれいにする仕事でしたが、静岡近辺では競合がいませんでした」

窓掃除以外にも手を広げ、事業は順調に成長。20代で家を建て、高級車のフェラーリやポルシェを乗り回せるまでになった。しかし2012年、リーマンショックの煽りを受け資金繰りが悪化、窮地に立たされる。

「『このままでは完全に終わる』というところまで追い詰められました。当時、50名ほどの従業員がいたのですが、彼らの給料と再就職までのお金だけはなんとか工面しなければと思いました。それには、生命保険しかないなと。でも自殺だと保険金がおりない可能性があるので、いろいろと調べた結果、車両単独事故で死のうと決めました」

決行日、当時好きだったウイスキーを飲みながら明け方を待って外に出ようとすると、ずっと横で寝ていた愛犬の「ぽんて」がむくりと起き上がり、ドアの前に寝転んで玄関に行かせてくれない。ぽんては、子牛ほどの大きさがあるグレートデン。片眼で、耳も聞こえないが、力ではかなわない。

「普段は言うことを聞く子なのに、その時だけはいくら『どいてどいて』と言ってもかたくなに動かない。仕方なく席に戻り、ぽんてがどいたところで立ち上がるとまた邪魔をする。それを3回繰り返したところではっと気づきました。『もしかして、止めてる?』と」

筆者撮影
晴れた日は奥のテラス席に座り、犬たちが遊ぶのを見ながらビールを飲むという
筆者撮影
取材当日はあいにくの小雨模様。奥の白い犬だけは樹木の下でずっと雨宿りしていた

「全財産を使って死ぬまで恩を返していこう」

ぽんては、「死の決意」を感じ取ったのに違いない。ぽんての顔を見つめ、齊藤さんの中で何かがガラリと切り替わった。

「なんてバカなことをしようとしていたんだと思いました。自分が死んだあとの、ぽんてのことを何も考えていなかった。無責任でクズな人間です。それで腹が決まりました。『死んだつもりで、もう一度やり直そう』って」

すると奇跡が起きる。

「1週間後くらいに、いきなり数千万円の仕事が立て続けに入って来たんです。そこからすべてが好転し、以来現在まで、連続黒字経営を続けています」

ぽんてに救われた。その思いに突き動かされ、齊藤さんの新しい人生が始まった。

「動物に助けてもらった命だから、今度は自分が動物を助け、全財産を使って死ぬまで恩を返していこうと決めたのは自然な流れでした」

1年経たないうちに個人で譲渡不適切犬を保護して看取る活動を始め、2021年には第二種動物取扱業の届出をしてわんずふりーを設立し、譲渡も行うようになりました」