自分ファーストの解散劇

奇襲攻撃というには、あまりにお粗末だった。高市首相の通常国会冒頭解散の作戦のことだ。「はかりごとは密を持ってよしとす」とは言っても、自民党で選挙を取り仕切る鈴木俊一幹事長にすら相談しないでごく少数の側近とだけで計画した解散戦略は、与党内に軋轢を生んだ。

2026年1月19日、高市早苗首相は記者会見を開き、衆議院を解散し総選挙を実施する意向を表明した
2026年1月19日、高市早苗首相は記者会見を開き、衆議院を解散し総選挙を実施する意向を表明した(写真=内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

寝耳に水の鈴木幹事長は、一時は「こんなことではやってられない」と周囲に不満をぶつけ、後見役のはずの麻生太郎副総裁も、地元紙の取材に「(冒頭解散は)ないでしょうね」と不快感を表明していた。年末に解散見送りの報道が相次ぎ、通常国会の召集を1月下旬に設定したことで、予算成立が遅れるような冒頭解散はないだろうと見られていた。

不意打ちを食らったのは自民党の候補も同じだ。「味方に奇襲攻撃はありえない」「高市首相の自分ファーストの勝手な判断には付き合いきれない」。そんな不満がくすぶっている。

新党結成に拍車

奇襲攻撃をきっかけに立憲・公明両党の協議は一気に加速され、新党結成にまで発展した。党名や代表でもめている暇はない。「中道改革連合」と工夫もセンスも全くない党名が決まり、野田氏と斉藤氏という新鮮味のない二人が共同代表となることがパタパタと決まった。

綱領も、公明党の要求をほぼ丸呑みし、与野党で対立した安保法制のうち「存立危機事態」での集団的自衛権の行使を合憲と認めることや、原発ゼロの社会を目指すとしていた部分を棚上げして再稼働を容認することなど、立憲にとっては内部に反対論が吹き上げかねない原則も、あいまいな表現で受け入れた。中身の議論よりも合意のスピードを重視した結果だ。

高市首相がこれだけ解散を急がなければ、合意は難しかっただろう。立憲内部ではリベラル派とか左派と目される議員の多くも、違和感を飲み込んでほとんどの議員が新党・中道改革連合への合流を決断したのである。

立憲のリベラル派と目されていた中堅議員は、高市首相が新党参加の決断を後押ししてくれたと皮肉混じりに打ち明けてくれた。

「自民党内では、執行部を中心に高市さんのやり方に相当、怒りや不満があるようだが、こっちは党内の不満を乗り越えて踏ん切りをつけられた。普通ならリベラル左派の議員が激しく抵抗するところだが、極右の台頭に歯止めをかけるための中道勢力の結集だという大義名分が勝り、大半の立憲議員が新党参加を決めた。選挙の準備も間に合うかどうか、という切羽つまった状況が決断を後押ししたのだから高市さんの滅茶苦茶な解散のおかげだよ」