湖面の下に、かつて人が暮らしていた宿場町が眠っている。福島県・桧原湖は、明治21(1888)年の磐梯山噴火によって生まれた湖で、会津米沢街道の宿場町が丸ごと水没した。いま湖底には何が残されているのか。帝京大学文化財研究所の佐々木ランディ准教授による『水中遺跡はそこにある』(ちくまプリマー新書)から一部を紹介する――。(第1回)
「火山の噴火」で“水没”した宿場町
福島県の観光名所といえば猪苗代湖と磐梯山ですが、その北側に位置する桧原湖周辺もお勧めしたいところ。自然豊かなこの場所を、車やバイクで駆け抜けるのが気持ちいい。冬は凍った湖の上でのワカサギ釣り、夏はバス釣りが楽しめます。
この桧原湖は、磐梯山の噴火によって生まれた、わりと新しい湖です。1888(明治21)年、磐梯山が突然噴火し山体崩壊を引き起こしました。現在でも崩れた跡が山肌にはっきりと見え、自然の大きなエネルギーを実感することができます。
世界的にも注目を集めた明治期の大災害です。この磐梯山の北側には、江戸時代に会津米沢街道の宿場町として栄えた桧原宿がありました。噴火による犠牲者は地域全体で500人にも上りますが、この村には被害者はいなかったようです。
ところが、流れ出した土石流は周囲の地形を大きく変え、桧原宿があった位置に堰き止め湖が形成されました。湖の水位は徐々に上昇し、噴火から数ヵ月後には村が完全に水没してしまいました。
幸い、村人が高台に移転するには十分な時間があったようですが、自分たちの住んでいた村が丸々と沈んでしまったのだから、現地の人々にとっては相当大きな事件だったと想像することができます。

