日本にはさまざまな「水中遺跡」が存在している。神奈川県小田原市沖の海底には熱海線(現・JR東海道線)根府川駅のプラットフォームなどが沈んでおり、近年注目を集めている。駅はなぜ海底に沈んだのか。帝京大学文化財研究所の佐々木ランディ准教授が書いた『水中遺跡はそこにある』(ちくまプリマー新書)から一部を紹介する――。(第2回)
根府川駅の4番ホームから東京方面を撮影した写真
写真=Wikimedia Commons
根府川駅の4番ホームから東京方面を撮影した写真。2008年年1月1日撮影。(写真=Hakutaka0810/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

相模湾に眠る歴史の痕跡

本稿では、いくつかの遺跡をまとめて紹介したいと思います。

日本の水中遺跡と聞くと、多くの人は沖縄のきれいな海や琵琶湖をイメージするようです。また、大陸との交流の歴史の長い九州には水中遺跡の研究者が多く、研究も盛んです。

一方で、「関東地方の水中遺跡」といわれても、あまりぱっとしない印象を持つのではないでしょうか。でも、関東にも面白い水中遺跡は存在します。ここでは、多くの人にとって身近な海である相模湾で直接見ることができる水中遺跡を訪ねてみたいと思います。

古い時代から新しい時代へ、順番に見ていきましょう。

鎌倉といえば源頼朝が幕府を開いた場所であり、歴史の詰まった町として有名ですね。鶴岡八幡宮や鎌倉の大仏は人気の観光スポット。鎌倉の前面に広がる由比ヶ浜から材木座海岸にも、海水浴やウィンドサーフィン、潮干狩りのためにたくさんの人が訪れます。

鎌倉に行ったことがあれば、知らず知らずのうちに遺跡を見ていた可能性があります。材木座海岸に立って左手側(逗子方面)に、やたらと岩がごつごつした場所があります。若江島わかえじま(和賀江島)と呼ばれる人工の島、船着き場の跡です。今でも干潮時には約200メートルほどの長さの石積みを見ることができます。

国の史跡にも指定された、現存する日本最古の築港遺跡です。

この港が築かれたのは鎌倉時代。幕府は、鎌倉の海を交易の拠点として利用したいと思っていましたが、遠浅の浜であるため、なかなか大きな船が安全に港に入ってくることができませんでした。

三代将軍源実朝が宋との交易を目指して建造した唐船が、遠浅の由比ヶ浜で進水に失敗したことは有名ですね。