調査から分かった「明治時代の生活」
探査班の調査によって、だいたいどこに何があるのかがわかった後は、詳細な調査を行う潜水班、水中ドローン班、コア・サンプル班の出番です。
潜水調査ではいろいろな発見がありました。国内の調査では珍しく、潜水の際に掘削作業も行っています。水中の掘削では、掃除機のような機械で砂を吸い上げていきます。作業中は砂が舞い上がって真っ暗闇になるので、ほぼ手作業になります。
この調査では、水路の跡だと思われる遺構、大きな加工された木材などが見つかっています。お皿や木の板など遺物も何点か発見されました。掘削では細かいところしかわからないので、水中ドローンを使って、広い範囲の探索も行いました。この調査では、石垣や土や泥を固めた道路と思われる遺構も見つかっています。
コア・サンプル班は、湖底にアクリルパイプを打ち込んで、数カ所で堆積層を採取し、それらのサンプルを分析します。堆積物の上層部には火山由来の堆積物が混じっていましたが、下の層からは火山由来の堆積物は検出されていません。
つまり、水没した後に堆積した層と水没する前の土の層が明確に分かれていることを示しています。また、上の層は、どのサンプルも比較的特徴が均一であるのに対し、下の層にはバリエーションが見られました。
固くしまった密度の高い土、空隙率の高い密度の低い少しバラバラした土など、サンプルを採取した場所ごとで大きな違いがありました。
明治時代の生活面が堆積層の下にあり、場所によっては道路だったり畑だったりと、当時、その場所がどのように使われていたのかがコア・サンプルの分析からわかります。また、サンプルの一つにすり鉢の破片が混じっていました。ゴミ捨て場だったのか、引っ越しの際にそのまま残されたのでしょうか。
「村に残された墓石」が意味するもの
桧原湖の調査は、地球科学と考古学が協力する学際的なものです。このアプローチでは、災害のメカニズムだけでなく、人々が災害に直面した際にどのように対応したのかを明らかにできる可能性があります。
また、当時の物質文化を知る手掛かりにもなりそうです。たとえば、村を引っ越しする際に、すべてを運ぶことはできません。取捨選択して運ぶものもあれば、その場に残すものもあったでしょう。
現在でも、引っ越しの際に家具を買いそろえたり移転先で不必要なものは処分したりする、いわゆる断捨離を行いますね。大切であっても、生活必需品ではない重いものは残したようです。たとえば、湖底から墓石が発見されています。
でも、陸上にも明治時代に陸に移された墓石や五輪塔を見ることができます。何が重要で何が重要でないのかは、現在の我々の感覚とは異なっているのかもしれません。
何が村に残されたのか、何が運び出されたのか。それを知ることで、当時の人々の価値観を垣間見ることができるのではないでしょうか? これから史料を検証したり聞き取り調査を行って、当時何を運んだかも含めて調査をするというのもいいかもしれません。どこまで解明できるか、まだまだ調査できることがたくさんあります。


