※本稿は、プレジデント公式YouTubeチャンネル「人生を犠牲にしない“しがらみ”の捨て方」をもとに編集したものです。
「私の人生、何だったんだろう」――親の介護が終わった瞬間の後悔
晩年になって「してしまった後悔」として最も多く聞かれるのが、親の介護に関するものです。
意外に思われるかもしれませんが、日本人は、思っている以上に親子の絆が強くありません。結婚した後、親子のコミュニケーションがこれほど少ない国は珍しいと、社会学者の山田昌弘さんもおっしゃっていました。山田昌弘さんは、「パラサイトシングル」「婚活」「格差社会」などの流行語の生みの親としても知られます。
実際、アメリカ映画でよく見るように、テキサスからニューヨークまで飛んで母親の誕生日を祝いに行くような文化は、日本にはなかなかありません。むしろ日本では、結婚後も頻繁に親に会いに行くと「マザコン」と言われてしまうほどです。
かつては「親孝行したい頃には親はなし」という言葉がありました。しかし今は違います。親孝行したい頃には、親が要介護になっていたり、認知症になっていたりすることが多いのです。そうなると、定年退職や子育ての終わりをきっかけに、物理的に時間ができた子供が、親の介護を一身に引き受けることになります。
ずっと疎遠にしていた罪悪感もあって、献身的に介護しようとする気持ちも理解できます。しかし、今や親が90代まで生きることも珍しくありません。親が亡くなった頃には、子供自身がすでに70歳を超えていることもあります。子育てが終わった、と思ったら今度は親の介護――。女性だけでなく、男性にも同じことが起きるようになっています。「私の人生、何だったんだろう」という感覚は、介護が終わった後に初めて押し寄せてくることが多いのです。
介護はプロに任せるほうが、親も子も幸せになれる
では、どうすればよかったのでしょうか。答えは、できる限りプロに任せることです。
介護はプロのほうが上手です。自宅で家族が献身的に介護するよりも、老人ホームに入ってもらったほうが、実は長生きするケースが多いのです。老人ホームに入ると100歳まで生きている人がゴロゴロいます。生活管理や医療ケアが行き届いているからです。
また、長期にわたる介護の中で、多くの人が経験することがあります。最初は愛情を持って介護していたはずなのに、だんだんと親のことが憎くなってくるのです。認知症になって変なことを言う、こちらが言ったことをすぐ忘れる、一生懸命介護しているのに感謝してくれない――。そうした積み重ねの中で、それまで良かった親子関係が壊れていくことは、珍しくありません。自分の人生を犠牲にした割に、実りが少ないと感じる結末になってしまうのです。
もちろん、施設に入れてしまったことを後悔する方もいます。しかし施設に入れることは、見捨てることではありません。できる限り見舞いに行きながら、プロに介護を任せる。そうやって自分の人生を犠牲にしない形で親と向き合うことが、結果的に親子双方にとって良い結末をもたらすことも多いのです。

