高齢者を専門とする精神科医として長年診療を続けてきた和田秀樹氏は「死を前にした患者が口にする後悔には、はっきりとした共通点がある。それは“やらなかった後悔”だ」と言う。では、死の直前になって最も悔やまれることとは何か。和田氏が語る、老後のお金と時間の正しい使い方とは――。

※本稿は、プレジデント公式YouTubeチャンネル「死ぬときに後悔しないお金と時間の使い方」をもとに編集したものです。

プレジデント公式YouTubeチャンネル「死ぬときに後悔しないお金と時間の使い方」より
プレジデント公式YouTubeチャンネル「死ぬときに後悔しないお金と時間の使い方」より

「旅行に行けなくなって、楽しみが何もない」

私は高齢者を専門とする精神科医として、長年にわたって多くの患者さんと向き合ってきました。最近は病棟付きの仕事をしていないから、臨終の場に立ち会うことはほとんどありません。それでも、死期が近づく前の段階から、患者さんたちが口にする言葉には、ある共通のパターンがあります。

「旅行に行けなくなって、何も楽しみがないんですよ」
「美味しいものを食べに行きたいけど、東京まで出ていくのが億劫になってしまって」

こうした言葉を漏らす人が、実に多いのです。足腰が弱れば遠出は難しくなります。体力が落ちれば、かつては当たり前に楽しんでいたことが、一つひとつできなくなっていきます。これは、医師として高齢患者を診続けてきた私が、繰り返し目にしてきた光景です。

「やってしまった後悔」より「やらなかった後悔」のほうが、人の心に長く、深く刻まれる。多くの高齢患者に向き合った経験から、私はそう確信しています。

金刀比羅さんの石段で気づいたこと

私自身にも、忘れられない体験があります。2年ほど前、講演のために香川県を訪れた際、せっかくだからと旅行を兼ねてレンタカーを借りました。金刀比羅さんの近くを通りかかり、「お蕎麦でも食べよう」と駐車場に停めたところ、「あと1000段」という案内が目に入りました。

その瞬間、ふと思ったのです。「次に来た時に、のぼれる自信がないな」と。

私は心不全という病気も抱えていますし、足腰もそれほど丈夫ではありません。若い頃のように体が動くとは限らない。だからこそ「今のぼっておこう」と決意し、頑張って上まで登り切りました。

達成感はもちろんありました。だがそれ以上に大きかったのは、「次は本当に無理かもしれない」という現実を、正面から受け止められたことです。後で聞けば、途中まで車で行けるルートもあるらしいのですが(笑)、それでも体を動かしながら、自分の足で一段一段のぼりきったことは、今も鮮明に記憶に残っています。

「今のぼっておかないと」と感じた瞬間に行動するか、後回しにするか。その選択が、後の後悔を決定的に左右するのです。

「旅行寿命」と「グルメ寿命」は、体の寿命より先に尽きる

80歳、85歳まで生きられたとしても、「旅行寿命」や「グルメ寿命」は体の寿命より先に尽きることがあります。これは、高齢患者を診続けてきた医師としての、偽らざる実感です。

月に100万円を飲食に使っていると豪語していた人でも、施設に入れば食費は10万円で収まってしまいます。フェラーリを買って喜んでいた人でも、乗れなくなる時期が必ず来ます。旅行好きだった人が、ある日を境に遠出が一切できなくなることもあります。お金はあるのに、使う元気がない。これが老いの現実です。

年を取れば取るほど、お金は物理的に使えなくなっていきます。ならば、使えるうちに使うしかありません。行きたい場所があるなら、今年中に行っておく。「来年は少し難しいかな」と感じた瞬間が、すぐ動くべきサインです。そう感じてから実際に動けなくなるまでの時間は、思っているよりずっと短いものです。