「アリとキリギリス」の教訓は、現代では逆になる

「老後のお金を使ってしまうと、後で困るのではないか」。そう心配する人は少なくありません。日本人は、アリのようにコツコツ貯めることを美徳とし、キリギリスのように使うことへの根深い罪悪感があります。

しかし、食糧不足の時代に生まれたこの寓話は、物が余っている現代には当てはまりません。今の時代、アリは「死ぬまで楽しみを知らないで死にました」となる可能性が十分にあります。キリギリスは「最後まで好きなことができました」となることも、十分にあり得るのです。

米国のベストセラー、『DIE WITH ZERO』(ビル・パーキンス著、邦題『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』)の著者も言っているように、人間が死ぬ時に棺桶に持っていけるのはお金ではありません。思い出です。

認知症になったら忘れてしまうと言う人もいます。しかし認知症の人は、新しいことは覚えられなくても、若い頃の記憶はしっかりと残っていることが多いのです。思い出として脳に刻み込まれた経験は、お金や地位よりずっと長く、本人の内側に生き続けます。そういう意味でも、経験に投資することの価値は、老いが深まるほど大きくなるのです。

老後の蓄えは「切り崩すためにある」

ここで一つ、はっきり言っておきたいことがあります。老後の蓄えは、本来、切り崩すためにあるものです。子供に残すために貯めるものではありません。

「無駄遣いして、子供に回る財産が減ったら困る」と言われることもあります。子供に嫌われたくないという気持ちも分かります。だが、今の子供世代が、親の老後の面倒を見る体力的・金銭的な余裕があるかどうかは、実のところ分かりません。

さらに言えば、20年も経てばヒューマノイドロボットが介護や家事全般を担うようになる可能性があります。イーロン・マスクによれば、3年以内に人間の外科医に匹敵するロボットが登場するといいます。AIも想像以上のスピードで進化しています。「寂しくてたまらない」とAIに打ち明ければ、ちゃんと話し相手になってくれる時代が、すでに来ています。

子供に残すための貯蓄も大切ですが、それ以上に、今の自分の「旅行寿命」「グルメ寿命」が尽きる前に経験に投資することを、もっと真剣に考えてほしいのです。

プレジデント公式YouTubeチャンネル「死ぬときに後悔しないお金と時間の使い方」より
「アリとキリギリス」の教訓は現代では逆になると、精神科医の和田秀樹氏は語る。プレジデント公式YouTubeチャンネル「死ぬときに後悔しないお金と時間の使い方」より

「周りの目」を気にしても、実害はほとんどない

「2週間も家を空けて旅行三昧とは、いい気なもんだ」と言われるのが嫌で、なかなか動き出せない人もいます。日本人の最も苦手なものの一つが、周りの目でしょう。

しかし、仮に周りの目を気にしなかったところで、実害はほとんどありません。今は、多くの人がマンションに住み、隣に誰が住んでいるかさえ知らないことも珍しくない時代です。「あの家は能天気だ」と思われたとしても、向こうが内心羨ましいと思っている可能性だって十分あります。

しかも、日本は意外にまともな福祉国家です。介護保険を申し込みに行けば、ケアマネージャーがついてくれます。自宅で生活する居宅介護支援であれば、ケアプランをつくってもらったり、相談したりする費用はゼロです。有料老人ホームの評判なども、地域のことをよく知るケアマネージャーに相談すれば教えてもらえます。

近所付き合いを頑張っても、いざという時にどれほど役立つかは分かりません。それよりも、制度を賢く使いながら、自分の好きなことをする時間を確保するほうが、人生の質をずっと高めてくれます。