「偽りの自己」で生きた時間を、定年後に取り戻す
私が「人生は二毛作で考えたほうがいい」と言い続けているのには、理由があります。
英国の精神分析学者、ドナルド・ウィニコットが提唱した言葉に、「トゥルー・セルフ(真の自己)」と「フォルス・セルフ(偽りの自己)」という概念があります。赤ん坊の頃は泣きたい時に泣き、親の都合など考えません。それが「真の自己」です。しかし成長するにつれ、しつけや教育を通じて「偽りの自己」を身につけていきます。社会に適応するためには必要なことですが、それだけでは心が窒息してしまいます。
仕事をしている間は、家庭を持ち、家も買わなければなりません。だから給与水準や安定性を優先して会社を選びます。本当にやりたいこととは、どうしても少しずれが生じます。それは仕方のないことです。
しかし定年後は違います。年金に月10万円を足せれば十分と思えるなら、本当にやりたかった仕事を選ぶことができます。喫茶店のマスターをやりたかった人は、それをやればいいのです。音楽が好きな人はコンサートのスタッフをやればいい。私自身も映画を作っていますが、映画業界では「安くていいから現場に関わりたかった」と言えば、雇ってもらえることがあります。2毛作目の人生でこそ、「真の自己」で生きる選択ができるのです。
「気が合う人と最後まで一緒にいる」ことも、やらなかった後悔になる
「やらなかった後悔」として、意外に多いのがパートナーに関することです。
定年後、子供も独立して、夫婦二人で顔を突き合わせる時間が急に増えます。運良く気が合う夫婦なら、むしろここから人生が盛り上がるでしょう。しかし「何も楽しくない」という状況になった時、昔なら「あと10年の我慢」だったのが、今は「あと30年の我慢」になります。寿命が延びたことで、我慢の時間も大幅に長くなってしまいました。
私の東大医学部の同級生が、ここ4〜5年のうちに3人再婚しました。1人目はイケメンの教授で、1回目と2回はモデルのような女性と結婚して、2回とも離婚。3人目の結婚相手は公立校の同窓会で出会った女性で、すごく幸せそうにしています。2人目は近所の喫茶店のママさんに相談に乗ってもらううちに意気投合し、再婚しました。3人目はアメリカの大学で准教授までなった同級生。離婚して、シングルファーザーになり、日本に帰国後、高校時代の同級生と再婚しました。
3人に共通しているのは、年齢も外見も関係なく、「気が合う人と一緒になった」ということです。このぐらいの年齢になると、「若い」「きれい」より「気が合うかどうか」のほうが、関係の幸福度を左右する大きなファクターになります。
財産を残そうとするほど、後悔が深まる
問題は、そういった出会いがあっても、子供の反対で踏み切れないケースが非常に多いことです。特に財産が多い人ほど、「財産目当てに決まっている」と子供から猛反対されます。結局、子供のために諦めて、最後は後悔することになります。「あの人と一緒になっていれば、死ぬまで面倒を見てもらえたのに」と。
一方で、子供が親の老後を面倒見てくれるとは限りません。子供自身に体力的・経済的な余裕があるかどうかも分かりません。そう考えると、「気が合うパートナーと最後まで一緒にいる」という選択を、財産の問題で諦めることの損失は、思っている以上に大きいのです。
「やらなかった後悔」は、旅行や食事だけではありません。人との関係においても、踏み出さなかったことへの後悔が、晩年の心に重くのしかかります。行きたい場所に行く、食べたいものを食べる、一緒にいたい人と一緒にいる。それを「今できるうちに」やっておくこと。これが、死の直前に最も後悔しない生き方だと、私は確信しています。

