明智光秀とはどんな人物だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「実は前半生については、あまりわかっていない。ただ織田信長に仕官してからは極めて異例の出世を遂げた」という――。

信長は新参者・明智光秀をどう見ていたか

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、12年も先の本能寺の変を予感させるくらい、織田信長(小栗旬)の明智光秀(要潤)への信頼感が薄い。第15回「姉川大合戦」(4月19日放送)で、光秀はようやく信長の家臣になったのだから、仕方ないのだろうか。岐阜城での評定で、信長は重臣たちに「今日より明智十兵衛尉光秀が、わが家臣として加わることとなった」と紹介し、光秀は「これよりは殿のため身を賭して励みます」と答えた。

織田信長像 賛・跋。狩野元秀・筆。原本は愛知県西加茂郡挙母町長興寺所蔵
織田信長像 賛・跋。狩野元秀・筆。原本は愛知県西加茂郡挙母町長興寺所蔵(写真=東京大学史料編纂所/PD-Japan/Wikimedia Commons

なにしろ、家臣になったというのも、第14回「絶体絶命!」(4月12日放送)で、それまで仕えていた足利義昭(尾上右近)から「光秀、そなたが信長のものになれ。家臣となり織田の動きをわしに知らせるのじゃ」と指示されてのことなのだから、信頼されるほうがおかしいかもしれない。

そして、第16回の「覚悟の比叡山」(4月26日放送)。光秀は信長から「延暦寺に書状を送り、従わないときは女、子供だろうと皆殺しにしろ」と命じられ、それを実行に移す。その残虐な振る舞いに義昭が激怒すると、光秀は「信長に疑われているからそうするしかなかった」とつぶやくようだ。

だが、結論を先にいえば、この時点で信長が、光秀を疑っていたとは思えない。それどころか、ほかの重臣たちがうらやむほどの信頼を勝ち得ていた。

なぜ、そういえるのか。そこを解き明かす前に、光秀の出自をたどっておきたい。