戦国時代に最も悲惨な生涯を送った女性は誰か。歴史評論家の香原斗志さんは「明智光秀の娘、細川ガラシャをあげたい。関ヶ原の戦い直前に38歳でなくなった彼女は、生涯を通じて『謀反人の娘』というレッテルから逃れられなかった」という――。
明智光秀の娘の悲劇的な生涯
戦国時代の女性は、家の論理と戦いに絶えず翻弄された。むろん、男性の環境も苛酷だったが、男性と決定的に違うのは、自分には決定権がないまま、ただ翻弄されるばかりだったことだ。
どんなに身分が高くても、個人の意思はいっさい無視され、家を存続させるための「道具」として政略結婚を強いられた。しかも、嫁ぎ先と実家が争えば、離縁されて実家に帰されるならまだマシで、処刑されるリスクもあった。戦火に巻き込まれれば、自害できればいいほうで、敵軍による凄惨な処置を覚悟しなければならなかった。
そんな悲劇的な戦国女性として、一般にまず思い浮かべられるのが、目下、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で宮﨑あおいが演じている織田信長の妹、市だろう。政略結婚で浅井長政のもとに嫁ぎ、兄が夫を滅ぼす際に、娘たちとともに落ち延びた。その後、柴田勝家と再婚するも、勝家が羽柴秀吉に滅ぼされる際、覚悟を決めて北庄城(福井県福井市)で夫とともに自害した。
しかし、悲劇的な生涯という点では、市も到底かなわない戦国女性がいる。明智光秀の娘で、細川忠興の正妻だった玉。いわゆる細川ガラシャである(以下、ガラシャと呼ぶ)。

