「湖底遺跡」として調査が始まった

この地割図には、宿場町のオフィシャルな中心施設である検断屋敷も描かれています。

これは大山祇神社から見て少し東に位置します。検断屋敷に関する資料はいくつか残されており、陸に再建(再現)された建物があり、資料館として活用されています。ここには、宿場町の歴史資料、地図、村で使われていたさまざまな民具などが展示されています。

資料館で情報を吸収した後に湖を眺めると、歴史にじかに触れる感覚を体験できます。

佐々木ランディ『水中遺跡はそこにある』(ちくまプリマー新書)
佐々木ランディ『水中遺跡はそこにある』(ちくまプリマー新書)

桧原宿が水没していることは周知の事実なのですが、研究の対象としてはなかなか見られなかったようです。水位が低い時にたまに踏査が行われたり、大学の探検クラブなどが潜水して観察を行っている程度でした。

そんななか、2021年から桧原湖の湖底遺跡を対象とした調査が始まっています。ソナーなどの機器を扱う探査班、掘削を伴う潜水班、水中ドローン班、堆積層の採取・分析などを行うコア・サンプル班に分かれて実施する、学際的な大規模調査です。

調査の主体は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の谷川亘氏(高知コア研究所)。専門は堆積物などの分析です。私は考古学および水中ドローンチームとして加わり、毎年桧原湖の調査に参加しています。

調査を進めるにあたり、最初は探査班がもっとも重要な役割を担います。現状では、村が水没したこと以外は何もわかっていません。そもそも砂に埋もれた状態なのか、道路などは残っているのか。さまざまな探査を行うことで、遺跡の概要をつかむことができます。

残されているのは「空っぽの村」

音波探査(ソナー画像)からは、鳥居や参道(並んだ切り株)が確認できました。モヤモヤした画像の中、ところどころ直線的なラインや直角に突き出た固いものなども見えます。建物の基礎や石垣などでしょう。地割図を重ねてみると、なんとなく宿場町のレイアウトと重なります。

ただ、町がそのまま沈んでいる風景が広がっているというイメージとはちょっぴり違います。噴火から水没までには時間がありましたので、家屋などは解体して高台に移設したようです。現在、桧原湖のまわりにある古い建物には、解体した家屋の一部が使われていたと伝わっているものがいくつかあります。

当時の道具や皿などを保管している方もいました。つまり、災害で水没した村が沈んでいるといっても、全員引っ越しをした後の空っぽの村、残された建物などの基礎部分が埋もれているイメージです。