2018年に劇的変化 飲酒長寿論が否定された

酒は百薬の長――そんな言葉を聞いたことがあるでしょう。酒は100種の薬より勝るという意味ですが、これは紀元前の中国で、酒の専売制による税収を増やすために作られたキャッチコピーだったともいわれています。

百薬の長とはいわないまでも、2010年代の後半までは、ごく少量の酒なら飲まない人より死亡リスクが低くなるという主張が幅を利かせていました。というのも、死亡率と飲酒量に関するグラフを作ると、日本酒1合未満の飲酒をしている人が最も死亡率が低い。いわゆる「飲酒のJカーブ」という研究結果があったのです。

ところが、18年に出た複数の論文によって流れが大きく変わりました。酒は少量であろうとも、飲めば飲むほど死亡率やいくつかの病気のリスクが高まるという論文が相次いで発表され、これまでの常識が大きく覆されました。

そのひとつが、医学雑誌「ランセット」に載った論文です。これはアメリカのワシントン大学の保健指標評価研究所を中心とした国際研究チームによる論文で、病気や障害によって失われた健康寿命を年数で表した指標「DALY(障害調整生存年)」と、1日の飲酒量の関連を調べたところ、そのグラフはJではなくまっすぐな右肩上がりを描き(下グラフ)、論文は「飲酒量ゼロの人が失う健康寿命が、もっとも短い」と結論づけました。

また同時期に同じ「ランセット」に載ったケンブリッジ大学を中心とした国際研究チームによる論文では、83の研究を総合解析した、60万人近くの飲酒量と死亡との関係を調査。ここでもアルコール摂取量が多いほど、死亡リスクが高まることが報告されています。

酒と特定の病気との関係についての研究も進んでいます。世界保健機関(WHO)はアルコールを「人にとって確実な発がん性物質」と位置づけ、アルコール飲料が原因となる病気として、次のものを特定しています。

まずがんでは、頭頸部(口腔、咽頭、喉頭)、食道、肝臓、大腸、女性の乳がん。がん以外では、脂肪肝、肝硬変、アルコール性肝炎、膵炎、糖尿病、胃腸障害、高血圧、脂質異常症、脳卒中、アルコール依存症、認知症、うつ病、睡眠障害、痛風、末梢神経障害(手足のしびれ)、胎児性アルコール症候群などのリスクが高くなっています。

【図表】飲酒量が増えれば疾病リスクも増加する/WHOが挙げるアルコールが原因でリスクが高まる病気

遺伝子の違いによる、酒と病気・依存症との関連も近年明らかになっています。私たち日本人を含むアジア人は、欧米人に比べると、アルコール依存症が少ない。生涯でアルコール依存症を経験した人の割合を見ると、アメリカは10%強。それに対して日本は約0.6%と、約20倍もの開きがあります。

こうしてアルコール依存症が少ない日本では、酒に対して寛容で、何かにつけて酒をすすめる「飲め飲め社会」が形成されてきました。一方、アルコール依存症を10人に1人が経験するアメリカでは、道路や公園など公共の場での飲酒が禁じられ、酒の宣伝広告にも厳しい制約を設けてアルコール依存症の防止をおこなっています。

なぜ日米の酒文化には、このような相違が生まれたのでしょう。これには両国民が持つ、酒に関する2つの代謝酵素の相違が大きいのです。ひとつはアルコールを分解してアセトアルデヒドという毒物を生成する「ADH1B」。もうひとつは、このアセトアルデヒドを分解する「ALDH2」です。

(構成=福光 恵)