※本稿は久道勝也『走るより運動になる「歩き方」』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
一歩ごとに、足裏と脳は情報をやりとりする
「脳が司令塔で、足はその命令に従うだけの道具」。多くの人は、そんなふうに思っているのではないでしょうか。しかし、歩行医学の視点から見れば、その関係性はもっと対等です。じつは、足こそが「外に飛び出した脳の支部」であると言っても過言ではありません。
なぜ、足が「脳」だと言い切れるのか。私たちは歩いている時間の約80%という長い時間を「片足立ち」の状態で過ごしています。それなのに、転ぶことなく進めるのは、足の裏に張り巡らされた精密センサー「メカノレセプター」があるからです。一歩ごとに地面のわずかな凹凸、傾斜、硬さを瞬時に感知し、その膨大な情報を「感覚信号」として脳へ送り続けています。脳はこの信号を受け取ると、姿勢を調整したり、「次の一歩の地面」を予想して次の体勢の準備をしたりしています。
脳と足裏が密にコミュニケーションを取り合い、一歩ごとに予測と修正をくり返す。この一連の高度な情報処理を見れば、足が脳の「支部」だということがお分かりいただけるでしょう。
ちなみに、このような足と脳のやりとりの回路は、四足歩行の動物にも存在しますが、常に複数の足が地面についている四足歩行とは異なり、人間の二足歩行では片足だけで全体重を支え続ける時間が格段に長いのです。この精密なバランスと予測の回路への依存度は、人間において質的にまったく異なるレベルに達しているのです。
医師が室内のマシンより外の散歩を勧める理由
「ホヤ」という海の生き物がいます。ホヤは、生まれたばかりのときは、海のなかを自分で泳いで動き回ります。そのために、目や脳に近い神経の塊を、ちゃんと持っています。
ところが、岩などにくっついて動かない暮らしを始めると、ホヤは自分の脳と目を、自分で消化して食べてしまうのです。動かなくてよくなった瞬間、つまり別の場所へ移動して新たな環境に対応する必要がなくなったとたん、脳は不要なものになる。ぞっとするような話ですが、生き物の摂理を、これほど鮮やかに示す例はありません。
生き物にとって、動くことと考えることは、どうやら1本の糸でつながっているようなのです。
ホヤと人間。形は違えど、「動かなくなれば脳は要らなくなる」という生き物の摂理は、私たちにも当てはまります。歩くことを諦めた瞬間に、脳もまた、その働きを手放していく。逆に、毎日歩く習慣を持っている方の脳は、年齢を重ねても、しっかりと働き続けます。歩くことは、脳の若さを保つことなのです。
ですから私は、トレーニングジムに置いてあるようなウォーキングマシンやトレッドミルをあまり患者さんにすすめないようにしています。なぜなら、それは「歩行」はしていても、「移動」がないからです。景色が変わらず、同じ場所で足を動かすだけでは、脳への刺激は半減します。
できるだけ景色が変わる道を、外に出て散歩してほしいのです。

