歩く速さには、脳の健康状態も表れる
歩く速さは、体の元気さだけでなく、「脳の健康度」までを映し出す指標でもあります。
ニュージーランドで1972〜73年に生まれた約1000人を、3歳から何十年も追跡した「ダニーディン研究」があります。その結果、歩く速さが遅い人は、45歳の時点ですでに脳の容積が小さくなり、知能テストの点数も低くなる傾向が、はっきりと示されたのです。もっとも歩くのが遅いグループと速いグループの間では、IQの差がなんと12ポイントもありました。
まだ45歳という若さで、すでに脳に差がつき始めているという事実に、私は背筋が伸びる思いがしました。私たちは脳の老化や認知症などの認知機能低下は、高齢者の病気だと思っています。でも脳の差は、もっとずっと早くからついていたのです。
さらに、歩行速度の低下は、認知機能の低下より早く表れる、と報告されています。物忘れが気になり始めてからでは、すでに遅いかもしれない――そう読むこともできますが、私はむしろ逆に受け取っています。歩く速度を見ていれば、脳の変化に誰よりも早く気づける。病院に行かなくても、高価な検査をしなくても、今日の自分の歩き方が、脳の状態を静かに教えてくれているのです。
医療の現場では、歩く速さも「バイタルサイン」と呼ぶことがあります。血圧や体温と同じように、体と脳の総合的な状態を映し出す指標――それが、あなたの一歩一歩なのです。
机で考え続けるより、歩くとアイデアが生まれる
脳には「デフォルトモードネットワーク(DMN)」と呼ばれる回路があります。ぼんやりしているときに活発になる、いわば「創造性の回路」です。歩行などの中等度の運動を続けると、この回路と集中の回路の切り替えがうまくいくようになると報告されています。一方、息が切れるほどの激しい運動は、かえって脳の働きを鈍らせます。歩く運動こそが、創造性をいちばん引き出せる、絶妙な強さなのです。
スタンフォード大学の実験では、座ってアイデアを出すグループと歩きながら出すグループを比較しました。歩いたグループのアイデアは、数も質も大きく上回りました。アイデアは、まさに「足」から生まれるのです。
歩くことは、メンタルにも効きます。30〜40分歩くと不安や鬱々とした気分が軽くなったり、自律神経が整うことが、複数の研究で示されています。10分でも、気分の切り替えには十分です。気持ちが重い朝ほど、外に出て歩いてみてください。戻ってきたとき、世界が少し違って見えるはずです。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、弟子たちと一緒に歩きながら学問を語り合ったといわれます。歩きながら学ぶ「逍遥学派」と呼ばれるこのスタイルは、2000年以上も前から、歩くことが知性や創造性を鍛えると気づいていた証です。

