売却2日前、創業者が翻意
「やっぱり売るのやめた」
スワロー食品の買収契約が2日後に迫っていた、2014年1月。創業社長と向かい合っていた篠崎由博さんは、眉間に力が入るのを感じた。当時税務顧問だった彼は、売り上げ13億円・借入6億円の債務超過状態にある同社を売却するため、やっとのことでM&A(企業の合併や買収)の段取りをまとめたはずだった。
売り手が土壇場で翻意することは、業界ではNGとされている行為だ。仲介者のネットワークも、信用も、丸ごと傷ついてしまう。
「いや、売りに出しておいて『やっぱりやめる』っていうのは、絶対やっちゃいけないことなんです! 許されません!」
相手がクライアントであることも忘れて、声を荒げた。だが、そのあとの一言で大きくのけぞることになる。
「きみに買ってほしい」
「……⁉」
このとき、篠崎さんは30人規模の税理士法人を経営していた。慶應義塾大学を卒業してから、都市銀行、会計事務所を経て設立したもので、メーカーの経営経験など一切ない。
「この2年間、きみの仕事ぶりを見てきた。きみに買ってほしいんだ」
すぐには返す言葉が見つからなかった。
「ものづくりをする、ラストチャンスかもしれない」
試しに銀行時代の元同僚に相談してみると、「個人で6億円の借入を引き受けるの? 絶対ないでしょ」と即答された。周囲にも相談してみたが、誰一人として賛成する者はいない。
「でも……考えようによっては、これはチャンスなのかもしれない」
心の奥底で燻っている感覚が、どうにも無視できなかった。
篠崎さんは絵を描いたり、工作をしたりと、幼少期からものづくりが好きだった。けれど、家族はみな金融関係の仕事に就いており、父親からも「『やりたいこと・得意なこと』と、稼ぐことは違う」と教えられて育った。
「男は『何がやりたいか』じゃなくて、家族を経済的な理由で悩ませないように、収入を得られる仕事をしろ、と。実際に、父親は大手証券会社の専務でしたからね。貧乏な生活ではなかったし、海外旅行にもよく連れて行ってもらいました」
大学卒業後は父親の教え通り、「稼げる」仕事を選んだ。けれど、28歳のときに父親が亡くなったことで、「もうこれで何も言われなくてすむ」と心の縛りが解ける。



